武蔵野美術大学 20年ぶりの新学科クリエイティブイノベーション学科とは

特別Interview

20年ぶりの新学科
クリエイティブ
イノベーション学科とは

武蔵野美術大学

造形構想学部クリエイティブイノベーション学科

主任教授 長谷川 敦士

トーリン美術予備校

学長 瀬尾 治
学長補佐 佐々木 庸浩


2019年4月から造形構想学部クリエイティブイノベーション学科が開設されます。
まず、新学科はどんな研究・教育を行うところなのかということからお聞かせください。

クリエイティブイノベーション学科は、ムサビならではの造形教育で培われる「創造的思考力」を基盤にして、より良い社会をつくるためのビジョンをデザインできるような人材の育成を目指しています。

いま、社会環境や産業構造の変化によって、デザインに求められる役割が多様化しています。まだまだ多くの方は「デザイン」と聞くと、モノを美しくかたちづくるプロダクトやグラフィックデザインをイメージするかもしれませんが、経営戦略にデザインプロセスを導入する企業も出てきていますし、公共サービスに「サービスデザイン」(※1)や「ビジョンデザイン」(※2)といっ たデザインのアプローチを取り入れる事例も増えています。デザイナーやクリエイティブな人材はこれまでにないほどさまざまな場で必要とされていて、ビジネスやサービス自体を生み出す役割を担うことも増えてきているんです。

※1:商品・サービスの価値を顧客視点で創造し、継続して提供できる組織や仕組みを構築していくこと。※2:社会情勢の変化を把握しながら、社会を支えるシステムのあるべき姿や企業や組織の役割を見いだすためのデザイン。

20世紀型の社会では、解決すべき課題はある程度明快でした。ものが不足している状況においては、「どうやったら安定して大量生産できるシステムを築けるか」「食料を行き渡らせるためにはどうすればいいか」といった課題が解決すべきものでした。

そして、そのためには主として技術を開発することが「イノベーション」でした。デザインはこのイノベーションを支えて、美しさや使いやすさ、生産性向上や低コスト化などに寄与してきました。しかし、いま、社会の課題は大きく変化しています。衣食住がある程度満たされ、インターネットの普及で誰もが自分なりの生活をカスタマイズできる時代となって、あらためて「どんな商品やサービスをつくるべきか」を企業自らが問い直さないといけない状況になっています。

また、社会全体の課題も、従来は国や自治体に委ねざるを得ない状況でしたが、いま、その主導権は生活者に移ってきています。こうした変化の中で求められるのが、広く社会に目を向けて問題を見いだし、新しい発想で問題解決の仕組みを与えられる人材であり、ビジョンを提示することでより良い未来のためのイノベーションを生み出せる人材なのです。新学科における学びは、企業の商品企画やサービス開発はもちろん、地域の課題解決や行政が行う公的サービスなど、多様な領域に生かしていくことができると考えています。

武蔵野美術大学の学部・学科構成
新学科の入試では「実技試験を課さない」ということですが、どのような内容になるのでしょうか?

大きく分けると「総合入試」と「一般入試」の種類になります。総合入試は学業やさまざまな課外活動で秀でた実績のある人や、高い構想力やリーダーシップ力などを持つ人に向けた公募制の推薦入試で、「大学でどんなことをやりたいのか」という計画や意欲を学修計画書や面接を通して審査するものです。

一般入試はマークシート型の学力試験で、「国語 +英語+日本史(もしくは世界史)」や「数学+英語+物理(もしくは化学)」など、得意な科目を生かして受験することができるほか、大学入試センター試験の指定科目のみで受験できる方式も用意しています。

従来の美大は実技試験があるために、美術予備校などで事前の準備が必要だと思われていましたが、新学科ではその必要はありません。文系・理系といった分け方にもとらわれない入試方式を採用することで、幅広い受験生に門戸を広げていきたいと考えています。

クリエイティブイノベーション学科の教育コンセプト
では、ムサビへ入学後にどうやって「創造的思考力」を身につけていくのでしょうか。

新学科の1・2年次では、鷹の台キャンパスに新たに設けられる建物を拠点にして、ゼロから造形の基礎を学ぶ「造形実習」や「造形演習」に取り組みます。ただ、これらの授業は「絵をうまく描く」スキルの習得だけを目的としているわけではありません。

そもそもムサビの造形教育で徹底して指導しているのは、「自分の視点を養うこと」なんですね。たとえばデッサンならモチーフを「観て、思考する」ことで、普段は記号的に見落としていたような対象を多角的に観る力、洞察力 を養う。また、自分が感じ取ったものを思い通りに表現するという身体感覚を身につけることを重視しています。

こうしたトレーニングは、年次以降に始まるプロジェクト主体の実習につながっていきます。先のように、いまビジネスパーソンを中心に「デザイン思考」が注目されています。単なる問題解決ではなく、隠れた課題を見いだして解決策を導き出すデザインプロセスは、多くの人は概念としては理解できていても、それと対をなすクリエイティビティが追いついていない。独自性のある解決策を生み出すうえで、自分自身のボキャブラリーの中でしか発想できていないと感じます。

しかし、クリエイティブが何であるかを体験していれば、まずは手を動かしてみることができるはずです。解決策が見えていなくても仮説をもとにプロトタイピング(試作)することで、それまで思いつかなかったようなアイデアや新たな仮説を発見できる。問題を解決するためのアイデアは、論理の積み上げだけでは生まれてきません。プロトタイピングを繰り返していくという身体感覚、思考方法が欠かせないのです。

鷹の台キャンパス
東京郊外、玉川上水が流れる小平・鷹の台にあるメインキャンパスに、クリエイティブイノベーション学科の学生が主に利用する新校舎を建設。造形実習・演習などに対応できるようにアトリエやデザイン演習室を整備。伝統あるキャンパスで造形学部の学生とともに多様な創造活動と充実した学生生活を送る。

3年次以降はどのような研究・教育が展開されるのでしょう。

3・4年次からは市ヶ谷に新設されるキャンパスに拠点を移して、 1・2年次で培ったクリエイティブの基礎能力を実社会で応用するための方法を、プロジェクトの実践を通じて学んでもらいます。企業からもアクセスしやすい都心の利点を生かし、さまざまな企業や自治体と共同で、実際の商品・サービス開発やビジョンづくりなどに取り組んでいくことを予定しています。

具体的には「ビジネス」「テクノロジー」「ヒューマンバリュー」という領域を軸に、学生それぞれが専門分野を深めながら、プロジェクトを自分たちで起案して遂行し、振り返り、そして改善するというアプローチを繰り返していきます。ただ、私たちが想定しているプロジェクトとは、個人で進めるものではありません。組織の中で新しい試みを始めるとき、たいていは自分の専門とは異なる人と複数人のチームで動きます。その際に、自分ではデザインプロセスを理解していても、それがどういう意図を持ってやっているのかを周囲と共有できなければプロジェクトを円滑に進めることはできませんよね。

クリエイティビティを生かすためには、「アイデア出しはどのくらいの期間が必要なのか」「予算はいくらかけるべきなのか」というふうに、状況に応じてプロジェクトを設計・遂行する能力や、それらのアプローチを客観視する能力が求められます。こうした能力を身につけたうえで、デザインのアプローチにより課題が解決されたり未来が開かれることをしつつ、プロジェクトを遂行しなければならない。これを私は「デザイン・コンフィデンス」と呼んでいます。新学科ではプロジェクトの課題を解決しながら、デザインプロセス自体への理解も深め、さらにこのデザイン・コンフィデンスの体得をひとつのゴールにしているんです。

市ヶ谷キャンパス
3・4年次、大学院の学び舎となる市ヶ谷キャンパス外観。3Dプリンタやレーザーカッターなどの工作機械を備えたファブラボ的な環境を整備し、モノだけではなく「サービス」をプロトタイピングできるスタジオも設置される。また、無印良品との共創実験店舗「MUJI com武蔵野美術大学」の出店も決まっている。

新学科とともに、大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコースも開設されますね。

学部と大学院は連続したプログラムとして設計されています。英語名では学部と大学院とで「Institute of Innovation」という名称となります。もちろん、学部生の全員が大学院に進学するわけではありませんが、こうしたプログラムを用意することで、新コースでは学部の年間で培ったクリエイティブ能力やプロジェクトをデザインする力などを基盤とし、ビジョンデザインの展開やリーダーシップを発揮できる人材の育成を目指しています。

そのため、新コースでは学部取り組みからさらに踏み込んだ、課題の解決にとどまらないプログラムを予定しています。イノベーションをどのように生み出していくか、ビジョンをどうやってつくりあげていくか、自らが率先してそのアプローチや考え方を導いていく。この能力を私たちは「クリエイティブリーダーシップ」と呼んでいますが、これを体得するために、大学院生と学部生が同じプロジェクトに取り組むことでチームマネジメントを学び、そのデザインプロセスを言語化していけるようになることが狙いです。

現在、企業も行政も問題解決には取り組めていても、「こうあるべきだ」というビジョンづくりがまだまだ不足している。そこで、企業や行政と連携しながらビジョンをデザインしたり、地域の方々にも参画してもらい、市民発のプロジェクトも展開していく。つまり「オープンイノベーションの社会実験」を、市ヶ谷キャンパスを拠点に展開していきたいとも考えています。このアプローチを企業にどう活かしていくか、ということ自体、研究テーマとしても考えています。

では最後に、新学科に進学する場合、どのような準備を行っていくのがよいのでしょうか。

当たり前の話になってしまいますが、文系・理系を問わず、高校の授業科目をきちんと勉強しておくことが一番です。日本史や世界史で歴史的観点を身につけていることや、物理や数学で論理的思考力を学ぶこと、国語や英語で正しい言語感覚やコミュニケーション能力を築くこと、そのすべてが実社会で活躍するうえで欠かせません。

新学科では・年次に「現代社会産業論」という講座を開講します。これは、デザイン、産業、科学をはじめとするさまざまな観点から現代社会の問題を読み解き、単なる商品、サービス開発に限らず、よりよい社会をつくるためのデザインの可能性を扱ったものです。時代の要請に応じてデザインのあり方も常に変化していることを理解すると、自分にとって何が大切であるかを自身で見つめていくことが必要だと気づけるはずです。

また、勉強だけではなく、高校時代にしかできないような課外活動やスポーツにも積極的に取り組んでほしいですね。アートの世界では独自の考え方や視点を持って表現することの重要性を学びますが、社会の状況に応じて課題を発見し、問題意識を持つということは、その人がどんな環境で育ち、何を見聞きしてきたかもポイントになる。そういった意味でも、主体性を持って日々を生きていくことを大切にしてほしいと思っています。

長谷川 敦士(はせがわ あつし)教授

1973年山形県生まれ。専門分野はサービスデザイン、UXデザイン、インフォメーションアーキテクチャ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(認知科学/学術博士)。2000年より「理解のデザイナー」であるインフォメーションアーキテクトとして活動を始め、2002年、株式会社コンセントを設立、代表を務める。国際的なサービスデザインの組織Service Design Networkの日本支部共同代表ならびにNational Chapter Boardも務め、デザインの新しい可能性であるサービスデザインを探索・実践している。著書、監訳書多数。