- 先生がなぜトーリンに講師として来てくださることになったのか、その経緯についてお聞かせください。
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僕は多摩美の彫刻科教授を2014年3月で退官したんだけれども、以前から1回は予備校講師というものをやってみたかったの。経験がなかったから、退官を機に何でもやってみようと思ったわけ。
大学生を長年見ていると、少しずつグレードが落ちてきてると感じるんだよ。特に卒業制作を見たときに感じることなんだけど、何ていうか、四畳半的な、身近なものがテーマになってきてるというのが鼻につくようになってきたんだね。
自分の好きなものを作ってればいいというような、イメージの弱体化を感じるんだな。社会全体がそういう風潮なのかもしれないね。
学生の中には、大学のカリキュラムについていけない人が増えているのは確かだ。自由であることとカオス的状況とを混同しているんじゃないかな。学生の多くは大学では発想を鍛えて、自分の作品の個性を磨く場だととらえているように思う。試験をパスして入学しているから実技力、スキルはもう十分備わっていると考えるんだね。日本ではスキルというのは軽視されがちだけど、ものづくりに技術は必要でしょう?
これは僕の持論だけど、まっすぐ線をひける人ならうまくなると思ってるの。ぶれずに自分を制御できるってことだからね。横線をまっすぐ引くのはもっと難しいね。
学生の中には基礎をとばしてもできると思ってしまう錯覚があるんじゃないかな。基礎は大学では出来ない、予備校でしか出来ないんだよ。これをどうしろこうしろというのは大学では教えられない。表現は本人にしかできないからね。
たとえベーシックな課題でも表現という領域は入ってくる。美術は表現という名目で逃げ道満載なジャンルなんだ。それを押し留めるのは本人次第、大学に入る前にやるしかない。
そのベースをつくるのは予備校だと思うし、うまい子たちにおんぶすることなく全くできない人をうまくさせるのが本来の講師の手腕であるはずだよ。うまくなるタイプの子は説明したことに対して納得するんだよ。そんな子にサゼスチョンを与えるのがうまい講師が良い講師だね。それは生徒の資質、性格を見抜く力があるということだからだ。
- 黒川先生の予備校時代、また今のトーリン生を見て感じられることを教えてください。
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美術の予備校ほど楽しいところはなかったよ。僕は高校がきらいでね、あまり行ってなかったの。美術予備校は強制されないでしょ。はじめは学科の予備校に通ってたんだけど、辛かったね。美術に進路を決めて親に頼んで浪人させてもらったのが20歳、1日も休まなかったよ。
トーリン生には全体的なのびしろを感じる。みな楽しそうだしね。ただ、美術の楽しさというのはうまく描けるということだけでなくて、自分が変わっていくことの喜びがあるんだよ。やっている以上は、上を目指そう。楽しくてもぬるいのはダメ。いいときと悪いときの波があるよりはゆっくりでも上がり続けてほしいね。
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トーリンの各校舎の規模が小さいことをどんどん利用すべきだと思うよ。どれだけ先生から言葉を引き出せるか、がポイントになる。こんなこと言ったら恥をかくんじゃないかという思いがみんなの中にはある。でも、美術やってるやつというのは何か言いたいからやってるんだとも思う。だから言いたいことを言えばいいんだよ。売り言葉に買い言葉で、こちらもむっとすることもあるけど、それだけこっちも真剣なんだ。僕は怒っても根に持たないから怒らせても大丈夫だよ(笑)
だまされたと思ってやってごらん。やってみてだめだったらまた言ってくれ。うまいやつは山ほどいる。その中にくいこめるか、くいこめないか。試験はそんなものだよ
- これから美術大学を目指す人たちは今何をすべきでしょうか?
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大学に入ると、良い悪いという価値判断になっていく。良い悪いは別の言い方をすれば好きか嫌いかってこと。基準が主観的なんだ。それに対してうまい下手は誰が見ても判断できる客観性をよりどころとしている。うまい下手というのは実は予備校でしか教えられないんだよね。
美術教育全体の中でこの客観的な基準による技術教育が弱くなっているから、そこを何とかしたいという思いもあってトーリンに来ているんですよ。
どの大学を目指すにせよ入学前の技術力を高めなければいけないと思うんだ。これは僕の持論だけど、美術というのは人生を一発逆転できるジャンルだと思うんだよ。たとえ受験で失敗しても、いい作品を作れば必ず評価されるからね。クラシック音楽で譜面が読めないやつはいないのと同様に美術も感性だけじゃなく、技術が大事なんだよ。美術をやる人の99%はふつうの人だ。僕自身もそうだと思ってるしね。そのためにも技術を高めていかないとね。
黒川 晃彦(くろかわ あきひこ)
彫刻家・元多摩美術大学教授。東京藝術大学大学院彫刻科修了。個展・グループ展多数。2015年春よりトーリン美術予備校講師。