武蔵野美術大学 産官学でひらく新しい映像表現ー中野から世界へ。フルドーム映像の可能性

産官学でひらく
新しい映像表現
― 中野から世界へ。
フルドーム映像の
可能性

武蔵野美術大学
デザイン情報学科

准教授 大石 啓明

トーリン美術予備校

学長補佐 佐々木 庸浩

総務部長 木村 雅臣

制作 稲葉 克彦
(INABA STUDIO)

フルドーム映像は、「映像を見る」から「映像の中にいる」へと視点を転換させる新しい体験型メディアです。プラネタリウムが、学生たちの創造力によって最先端の映像表現空間へと生まれ変わりつつあります。

その背景には、地域施設への信頼、技術者の情熱、そして教育の場を社会へひらく大学の姿勢があります。中野発、武蔵野美術大学のこの試みは、まさに「共創」という言葉を体現するものです。2024 年、デザイン情報学科を中心に動き出した有志型の課外プロジェクト。その中心に立つ大石准教授にお話を伺いました。

本日は、産学官連携の取り組みとして進められている「なかのZERO」でのプロジェクト、そして「国際科学映像祭ドームフェスタ」についてお話を伺えればと思います。まずは、この連携がどのような経緯で始まったのか教えていただけますか。

大石啓明 准教授(以下、大石):少し経緯が入り組んでいるのですが、そのままお話ししますね。
まず、オリハルコンテクノロジーズという企業があります。高幣(タカヘイ)さんという技術者の方が中心となって、ソフトウェア開発やプラネタリウム投影システムを手がけている会社です。その高幣さんが中野ゼロにあるプラネタリウムに、ご家族と一緒によく足を運ばれていたそうなんです。
なかのZEROの開館は1972年で、都内でも有数の歴史あるプラネタリウムです。設備は当時のものを大切に使い続けていて、五藤製の昔ながらのプラネタリウム投光機が中心です。星の光に見えるように星板を通して投影する、非常に味わいのある装置ですが、一方で自由な映像表現ができるわけではありません。
現在の新しい施設では、デジタルプロジェクターと併用するのが一般的です。ただなかのZEROにはそれがない。そこで高幣さんが、「自分たちのシステムとプロジェクターを持ち込んで、この空間でフルドーム映像を上映できるようにしませんか」と職員の方に提案されたのが、最初のきっかけです。

大石 啓明(おおいしひろあき)

デザイン情報学科 准教授。九州大学大学院 芸術工学府 芸術工学専攻修了。2012 年4 月~ 2021 年3 月までチームラボ株式会社にて、コンピュータグラフィクスを主な表現の手段として、インタラクションを伴うシステムの設計や開発を行う。代表的なものとしては、水の非線形な振る舞いをシミュレートするコンピュータプログラムによって生成された映像を充填した拡張現実的な空間を創出し、人と人、人と空間の相互の関係を、再構築するような作品を制作。

そこから大学との連携につながったのですね。

大石:なかのZEROの担当者の方が、「近隣にフルドーム映像を制作・指導できる大学はないだろうか」と探されて、私の担当しているデザイン情報学科のシラバスをご覧になり、声をかけていただきました。さらに東京工芸大学でもドームメディア制作をされてましたので、結果的に2大学で連携する形になりました。
なかのZEROでは近年「なかのZERO メディア芸術プログラム」という企画を継続していて、アニメ関連企業などと連携したイベントを行っています。2024年はその一環として、「全天周ドーム映像体験」をテーマに、8月末から9月初めにかけて4 日間上映を行いました。

なかのZERO
学生さんの制作体制は、どのように組まれたのでしょうか。

大石:時期的に授業化は難しかったので、課外活動として実施しました。そのほうが学科を越えて、意欲のある学生を柔軟に集められるという利点もありました。また、映像学科の山崎連基先生と学科共同プロジェクトとして連携し、講義および学生への指導を行いました。結果として、デザイン情報学科と映像学科の学生が中心で、ほぼ半々くらいの割合でした。

昨年、2025年はさらに規模を拡大されたと聞きました。

大石:2回目ということで、学科の枠を外して全学に声をかけました。デザイン情報学科・映像学科以外にも、基礎デザイン学科、視覚伝達デザイン学科、クリエイティブイノベーション学科など、参加表明は幅広くありました。ただ、最終的に作品完成まで至るのは、どうしてもデザイン情報学科や映像学科の学生が中心になりますね。

ドーム映像制作の特徴について教えてください。

大石:ドーム映像制作は、業界でもよく言われるのですが、制作全体として非常に「カロリーが高い」分野です。理由の一つは、映像の解像度が高くなりやすい点にあります。特にCG制作の場合、レンダリングに要する時間と計算量が大きな負荷になります。加えて、ドーム特有の座標変換の問題があります。平面映像とは異なり、フルドームでは半球スクリーンに歪みなく投影する必要があります。立体感や没入感を正しく表現するためには、魚眼レンダリングを用い、カメラから半球を見た際の歪みを正確に計算しなければなりません。
単純に画面を覆う映像を投影すること自体は可能ですが、空間としての整合性や没入感を重視する場合には、適切なワークフローに従う必要があります。今回の二つのイベントはいずれもフルドーム型であり、その前提で映像を制作しています。

画面構成や完成形を想像するのが難しそうです。

大石:そうですね。制作は、正方形の画面内に円形グリッドを配置した座標系で行います。グリッドの中心付近がドームの頂点、周縁部が観客の正面に対応します。制作者は平面画面を見ながら、常に立体空間を意識して作業する必要があります。制作過程ではPCモニター上で確認できますが、実際にドームでの見え方は、投影してみるまで判断が難しい場合があります。シミュレーション用の再生ソフトも活用していますが、実際のドーム半径で大画面に映すと、文字の大きさや全体の印象が大きく変わることがあります。どこに何を配置し、どのように展開するかを事前に想像した上で制作しますが、結果は実投影で初めて明確になります。その意味では、撮影後に現像して初めて仕上がりを確認する、フィルムカメラに近い感覚があります。
今回の制作では、学生が初めて専用の再生・確認ソフトに触れながら取り組んでいます。決して容易ではありませんが、ドーム空間を理解しようと試行錯誤する過程そのものに、大きな意義と熱量があると感じています。

困難さと同時に、達成感も大きい制作ですね。

大石:多くの手間と工夫を要するからこそ、完成した映像がドームに投影された瞬間の体験価値は非常に高いものになります。
初めて触るオリハルコンテクノロジーズの再生ソフトに興味を持って参加する学生も多いのですが、途中で「これは大変だぞ」と気づくこともある(笑)。だからこそ、自由参加・離脱も可能な課外活動という形が合っていました。

制作スケジュールと作品の長さを教えてください。

大石:5月に告知を行い、同月に説明会を実施しました。6月からはレクチャーを行い、映像表現の考え方、ソフトの使い方、全天球カメラや3DCGによる制作方法などを共有しました。対面とオンラインを併用し、アーカイブ動画も残しています。7月は期末で一旦ペースが落ち、夏休み期間に各自制作、8月末に上映という流れです。実質3か月弱ですね。  作品尺は平均で1分半から3分程度です。長いものだと4分以上。個人制作もチーム制作もあり、チームは最大4人です。学年は2年生以上で、大学院生や留学生の参加も多いですね。

この取り組みを通して学生さんの成長を感じる瞬間はありますか。

大石:まず何より、「作り切った」という経験そのものですね。難しさはありますが、上映を終えた後に「大変だったけど、やってよかった」と話す学生の表情を見ると、嬉しく思いますね。未知のメディアに挑戦し、完成させ、人に見せる。その一連のプロセス自体が、大きな学びになっていると感じます。

次にフルドーム映像制作や大学教育との関わりについてお話を伺いたいと思います。まず、10月28日の上映について簡単に教えていただけますか。

大石:東京足立区にあるギャラクシティで行われた、国際科学映像祭ドームフェスタで上映をしました。なかのZEROでの上映経験を踏まえて、既存作品のブラッシュアップ、もしくは新規制作のどちらかで参加しています。
基礎デザイン学科の学生は新規制作に挑戦したのですが、なかのZEROでの経験を踏まえて、前回とはまったく違うアプローチで作られていて、しかもクオリティが非常に高い。正直、教員である私自身も驚かされました。
また、デザイン情報学科の学部生4名と、大学院デザイン情報学コースの大学院生1名によるフルCG作品が、学生フルドームショートフィルム上映部門で奨励賞を受賞しました。彼らはブラッシュアップをして臨んだのですが、なかのZEROの時と比べてレンダリングのやり直しはもちろん、アニメーションやストーリー構成まで改変されていて、わずか2か月でそこまで完成度を上げたことに本当に驚きました。
他大学さんでは、東京工芸大学、東海大学、玉川大学、東京国際工科専門職大学が参加されています。

「第14 回国際科学映像祭 ドームフェスタ」
学生によるフルドームショートフィルムコンテスト 奨励賞
詳細リンク:https://ifsv.org/
タイトル:「Emergent Cosmos」 
受賞者:タン ヤング
(大学院造形研究科修士課程デザイン情報学コース2 年)

タイトル:「Nemesis」
受賞者:原知寛、石津晴彦、
小出魁人、越谷新
(デザイン情報学科3 年)

学生さんの成長がはっきりと見える機会だったんですね。こうした作品は見ることができるのでしょうか。

大石:この記事をきっかけに「見てみたい」「これを作りたい」と思う高校生が増えたら嬉しいですね。

制作面では、どんなツールが使われているのでしょうか。

大石:BlenderのようなノンリアルタイムCGソフトと、Unreal Engineなどのゲームエンジンの両方が使われています。前者は時間がかかりますが作り込みができ、後者はリアルタイム性に優れている。それぞれ表現したい内容によって使い分けています。

[Blender でのレンダリング]
1枚1分と仮定しても1時間で 60 枚しかできない。この時は10 台以上のパソコンを稼働させ対応。4分~3分の映像作品には5400 枚のレンダリングが必要になる。

こうした経験は、将来の進路にもつながりそうですね。そうした相談などもありますか?

大石:ここに集まってくる学生から「将来どういう仕事に就きたいか」という話はよく出ます。特に最近多いのはゲーム分野です。今回参加した学生の中にもいましたし、特にCGを得意にしている学生は、そういった業種、業界を希望されている学生が近年増えていると思います。今回の映像制作も平面のスクリーンを見せるというよりは、3Dの世界に近い環境です。ゲーム業界ではVRでの展開が広がっているかと思いますが、ドームスクリーンとVRというのは、そもそも相性が良く、コンテンツを作る際の考え方自体はほぼ共通と言えます。ヘッドマウントディスプレイを使ったVRは個人の体験ですが、ドームスクリーンの場合は、没入感のあるコンテンツを多人数かつシアターという場で共有する体験になるといった環境下の違いがあるだけなのです。
学生にとっては、ドームで実際に投影しながらレクチャーを受けるという、実社会でも、ゲーム業界でもなかなか得られない体験だったと思います。大学の枠を超えて教員同士がフィードバックし合う場もあり、それ自体が非常に貴重な学びでした。学生同士の交流にもつながりますので、今後の映像業界の一つのムーブメントになって欲しいと思っています。
また、ゲーム業界だけでなく展示ディスプレイ業界や広告業界に進む学生もいます。去年は大手だと乃村工藝社、電通などに就職した学生がいます。

映像制作と空間デザインの関係性が見えてきますね。

大石:映像を使ったディスプレイ業界の主流は平面というよりは空間表現になってきています。映像を作るといっても、その空間自体も含めて作り上げる。そういった業界のアプローチに興味がある学生が増えてきています。
私が担当している授業で「映像メディア研究」というものがありますが、例えば床にセンサーを置いて、人がどこに立っているのかという情報を用い、床打ちの映像を作ってみましょう、という課題などを出しています。下向きにプロジェクターを設置して、3.2×3 .2(m)のサイズ感で行います。そこまで面積は広くありませんが、床に映像を投影する体験はモニターとは全然違いますね。情報提示という観点で考えると、モニター以外にも、スマートフォン、街中のサイネージなど、あらゆるデバイスがあります。床に映像を出すと、自分の身体がその情報の中に入り込むんですよ。表示している情報と身体性を考えながら作る、ということです。こういう授業はデザイン情報学科以外でも行われていて、映像学科では「映像空間」という授業で扱っています。いわゆる平面の正面矩形映像を作らせていない点は、かなり特徴的な授業だと思います。

 デザイン情報学科 授業中の様子大体
予備校でも高校生の段階から、プロジェクションマッピングに挑戦する受験生が出てきました。去年も受験生が学校推薦型選抜での持ち込み作品で挑戦しています。高校生全体で、そういう空間映像にチャレンジしたいという気配は確実に増えていると思います。

大石:あらゆるところに情報提供の媒体が展開されているので、それに対応できる力を身につけてほしい、というのが授業のスタンスです。ドームスクリーンへの投影もその一つですね。学内の規模では叶えられない環境ですので、こうした機会をいただけたのは、大学としても本当にありがたいことでした。

日本はプラネタリウムが多い国だそうですね。

大石:日本は世界的にも有数のプラネタリウム保有国です。ただし、設備の老朽化や、教育用途以外の活用が難しいという課題もあります。だからこそ、学生の自由な発想による作品上映は、文化発信の新しい可能性を示していると思います。
産官学の試みの中で、プラネタリウムという施設は、市民に対しての文化発信としての場であり、教育の機会を提供するということがこの試みの場で実践できたことは、ひとつの課題解決となる可能性を感じています。海外でもプラネタリウムを利用して映像を上映しているような国もあるようですし、こういった上映の機会が増えたら嬉しいです。
また、今年は世界最大のプラネタリウム関係団体 IPS インターナショナルプラネタリウムソサエティ(国際プラネタリウム協会)の国際会議が福岡で開催されます。日本での開催は1996年の大阪大会以来30年ぶりとなります。来年はさらに大きな節目になるでしょう。

最後に、こうした分野に興味を持つ受験生にメッセージをお願いします。

大石:今後、情報を伝える媒体はますます多様化します。だからこそ食わず嫌いをせず、柔軟に新しい表現や技術に挑戦できる好奇心が大切です。フルドーム映像はその一例ですが、空間そのものをデザインする発想は、これからの時代にますます重要になると思います。

デザイン情報学科について
デザインは異なる立場の多くの人によって支えられる協調的作業です。その中でデザイナーは「何を問題としてどう解決するか」をかたちとして示さなければなりません。本学科では多様なメディアの特性を基盤に、課題を自ら発見し、新しい視点から解決策を提案できる方法論を身につけていきます。
[専攻分野]
メディア表現(エディトリアルデザイン、グラフィックデザイン、映像)
コミュニケーション創発(インタラクションデザイン、デジタルクリエイション)
デジタル技術(CG、情報ネットワーク)

ありがとうございました。学生さんや高校生にとって、未来が広がるお話でした。

インタビューは2025 年11 月4 日。武蔵野美術大学 鷹の台キャンパス内デザイン情報学科研究室にて。写真右から大石准教授、トーリン美術予備校・佐々木、木村。