武蔵野美術大学 新しい社会のための新しい美大のカタチ

特別Interview

新しい社会のための
新しい美大のカタチ

武蔵野美術大学

造形構想学部クリエイティブイノベーション学科
造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコース

主任教授 長谷川 敦士

トーリン美術予備校

学長 瀬尾 治
学長補佐 佐々木 庸浩
制作 稲葉 克彦

(INABA STUDIO)

「クリエイティブイノベーション学科」の現在

武蔵野美術大学は2019年に、20年ぶりとなる新学科『クリエイティブイノベーション学科』を立ち上げました。その第一期生が4年生となり、いよいよ卒業生を輩出する年度となりました。トーリン美術予備校では美術・デザイン領域に新しい流れを生み出している『クリエイティブイノベーション学科』の本質に迫るべく、全学年がついにそろった「現在」を取材させていただきました。

※CI学科の入試に実技試験はありません。学科力に不安のある方は「モバイル THE 美大学科」を受講されるか、一般大学対象の受験予備校で対策を行うことをお薦めします。


クリエイティブイノベーション学科設置から 4年、今年で全学年が揃うことになりました。
最初に、基礎課程である1、 2年次の授業の内容についてお聞かせください。

クリエイティブイノベーション学科(以下、 CI学科)は、1、 2年次をメインの鷹の台キャンパスで過ごします。ここでは、共通科目として基礎的な造形活動を体験できることが特徴です。これは、幅広いアートやデザインの領域(グラフィックやプロダクトデザイン、さらに建築のようなスケールの大きいものまで)を体験した上で、諸課題の解決を行うプロジェクトへの意味付けとなるという意図があります。

同時に、専門科目ではフィールドリサーチなど社会学調査の実践に加え、現代社会産業論など人類史や産業史、デザイン史まで幅広い内容を必修で学びます。これは、学生が自分で身に着けたスキルだけで、この先の10年、20年をやっていけるような時代ではないと考えるからです。たとえば、現代社会産業論をとおし、なぜいまこの時代にデザインが必要とされるのか、デザイン史上、いまもっともニーズが高くなっているのはなぜなのかを理解してもらうことが大切だからです。

また、デザインでは多様な分野を知ること、アートでは作品作りのために観察眼を鍛えることが重要です。そこで、授業では現代アートの作家陣が講師となり、一緒に制作を行うことによって、事象を多角的に見ることができる批判的な視点の獲得を目指しています。

左より 長谷川教授,佐々木,稲葉,瀬尾

3、 4年次が学ぶ市ヶ谷キャンパス、あるいは市ヶ谷という場所についてお聞かせください。

都下に位置する鷹の台キャンパスに対し、都心である市ヶ谷キャンパスは「社会との接点である」と言えますね。また、3、4年次のカリキュラムはターム制であることが特徴で、1年間を4つに分け、 1タームがおよそひと月半ほどになっています。そこで行われる専門課程には 2つの必修プログラムがあり、そのひとつが「クリエイティブイノベーション演習(以下、 CI演習)」です。

まず、学生1人ひとりが市ヶ谷の街でのさまざまなフィールドワークを行い、自らの課題発見や気づきなど、自分なりに何か形にしてみることを試行します。実際にアウトプットされるものは「課題解決」だったり「表現」だったりしますが、中には「まだ何かが分からない」こともありますから、その活動自体を「可視化する」ことも重要です。

また、アウトプットしたものを社会実装して社会に問うたり、あるいは試行してみて、最終的には具体的な「提案」としてまとめて発表します。これをひと月半のサイクルの中で行うわけです。つまり、 CI学科では自分で課題を見つけて自分で解決まで持って行くし、そこに周囲の人を巻き込んでいくことも必要なのです。市ヶ谷という、ある種典型的なビル街の中から何かを探してみる。 CI演習はそれを実感するためのプログラムということです。

では、最近の授業から事例を紹介してください。

9月から10月中旬までの第3タームで(インタビューは10月下旬)産学のプロジェクトを行いました。基本的には市ヶ谷キャンパスを基点としますが、日程の半分ぐらいを地方で過ごすチームもいます。今年の場合は12チーム( 1チーム5人程度)に分かれて、北は北海道から南は九州まで現地に住み込んで地域の課題に取り組んだり、一方で都内に残って日立やサントリーといった企業とプロジェクトを行うチームもありました。

2022年度のプロジェクト一例。北海道森町でのプロジェクトでは3年生だったメンバー5人のうち3人が4年生になってもプロジェクトを続けている。

地域や企業ごとに講師を置き、その人達がメンターになって授業を行うスタイルはいずれのチームも一緒です。この演習をとおし、学生は社会に対してリアリティと気づきを発見し、手応えや、ときには無力感を抱えつつも課題を進めます。

こうした学びを踏まえ、 4年次には「卒業研究・論文」を行います。現4年生はすでに昨年度に「 CI演習」、「産学プロジェクト」を経験していますが、そこで得た課題を卒業研究や論文に繋いでいるのです。

ユニークなところでは、3年次に北海道の森町という地域でプロジェクトに携わったメンバー5人のうち3人が、そのまま 4年生になってもプロジェクトを続け、今年の4月から12月までシェアハウスを借りて住み込みで研究を行っています。これはムサビで初めてのケースかもしれないですね(笑)。

市ヶ谷キャンパス内の工房。巨大な板の切り出し・加工から最先端の3Dプリンタまで、学生のプロジェクトに必要な素材の作成を強力にサポートしている。

CI学科は特定の領域のデザインやプロジェクトだけを行うのではなく、本当に幅広い視野を持った学科を目指し、体現しているのだと思います。たとえば、市ヶ谷キャンパスに設置された工房で木製家具を制作している学生もいれば、地域のプロジェクトに参加したり、メディア・アートとして社会に対する新しいインターフェースを作っている学生もいます。

CI学科は、いわゆる UXデザイン(※1)専門の学科だと捉えられることが多く、実際 UXデザイナーとして就職する学生もいますが、圧倒的にそこはマイノリティーで、デザインの学科という範疇には収まらないんですね。たとえば、第一期生では3名が自治体職員を希望し、神戸市役所(※2)、長野市役所などに就職が決まっています。

こうして公務員になる学生もいるし、大きな企業のデザイナーになる学生や企画などの総合職に就く者もいます。今後、デザインを切り口に社会を変えていく姿勢が求められますが、公務員や総合職といった立場から、それらをとおして世の中の中核に入り、本質的な変革を行える人材育成を目指したいと考えています。

  • 1 ユーザーエクスペリエンスデザイン。人工物(製品、システム、サービス)の利用を通じてユーザーが得るすべての顧客体験を設計すること。
  • 2 神戸市役所はクリエイティブ枠があり、 2人の枠に50人程度の応募がある、アート・デザイン系を学んできた学生に人気の就職先になっている。

市ヶ谷キャンパスでの講評風景。キャンパスは全国で活動する学生の大切なベース(基地)であり、社会と繋げるためのハブとなる。

ひと月半という期間で行うプロジェクトに豊かな自由度を感じました。
お話を聞く限り非常に練り込まれた授業計画だと思えますが、期待とおりだったことや、その逆の事柄はありましたか?

産学プロジェクトでは、経験したすべての学生が一回り大きく成長しますね。たとえば、企業などのインターンシップでは同じくらいの期間で実践的な社会経験が行われますが、この演習はある種同様の考え方から作ったプログラムとも言えます。本質的な経験を経て、成長して帰ってくる学生たちの様子は期待以上と言えそうです。

そうすると、ひと月半は短く感じる学生もいるのでは?

そうですね。大学では必修の授業として全員が取り組むのですが、その後も学生の意欲や意識の高さによって展開はあり得ます。たとえば、今年度でもこの後の第 4タームから宮崎に行くチームもいますし、もちろん卒業研究・論文まで継続する学生もいると思います。

—お話を聞いて、 CI学科がいままでの美大にはなかった、まったく新しい魅力ある学科であると改めて感じました。
従来とは異なる美大の新しい姿、側面を多くの方に知っていただきたいと思います。

「それぞれの TOP校へ」は私たちの予備校のスローガンでもありますが、知名度に流されず本当に学びたいことや学べる場所(学校)を自ら見つけてほしいとの考えが私たちにはあります。生徒の進学候補としても、この学科の魅力をぜひ伝えたいと思います。

ありがとうございます。先のとおり、地域プロジェクトなどを率いることができているような学生は、そこから得た「対話」を具体的なモノづくりに落とし込むことができています。

CI学科の基本のポリシーでは、モノづくりができないとプロジェクトもできない、モノづくりとはしっかり対象物に意識を向けているかが大切なのであり、いわゆるセルフマネジメントができているか?なんです。ですから、特定のデザイン学科のように、その分野の強者的な教員が集まるところではないので、ある種自己鍛錬も必要になってきます。

そういう意味では、自分でセルフマネジメントができそうならCI学科が向いていると思います。広々と緑に囲まれた心理的安全性のある鷹の台とは違い、市ヶ谷キャンパスでは自分たちのテリトリーとして居場所がない感じがすることもあると思います。しかし、セルフマネジメントができれば、企業など産学のパートナーが積極的に訪れてくれるこのキャンパスは、社会との接点という意味ではすごく意義があると思います。

インタビューは2022年10月20日、武蔵野美術大学市ヶ谷キャンパスにて。新型コロナウイルス感染対策を十分にとって実施。

先ほど就職で公務員の内定をもらったと伺いましたが、そこを目指している学生がいるのは頼もしい感じがしますね。

日本の未来のために市役所とかデジタル庁とか行ってもらわないとな、と思っています(笑)

長谷川 敦士(はせがわ あつし)

武蔵野美術大学造形構想学部クリエイティブイノベーション学科 主任教授。1973年山形県生まれ。専門分野はサービスデザイン、UXデザイン、インフォメーションアーキテクチャ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(認知科学/学術博士)。2000年より「理解のデザイナー」であるインフォメーションアーキテクトとして活動を始め、2002年、株式会社コンセントを設立、代表を務める。国際的なサービスデザインの組織 Service Design Networkの日本支部共同代表ならびに National Chapter Boardも務め、デザインの新しい可能性であるサービスデザインを探索・実践している。著書、監訳書多数。