多摩美術大学 世界共通の課題へ美大はどう向き合うか

特別Interview

世界共通の課題へ
美大はどう向き合うか

多摩美術大学

グラフィックデザイン学科

准教授 加藤 勝也

助手 鳥山 耀太

助手 石井 慎一郎

トーリン美術予備校

学長 瀬尾 治
学長補佐 佐々木 庸浩

gender equality

対等なジェンダー

昨年、TOKYO 2020 オリンピックが開催されましたが、このオリンピックでは3つある大会ビジョンの1つが「多様性と調和」でした。皆が違いを肯定し、自然に受け入れ、互いに認め合うことで社会は進歩するというコンセプトです。その中でも「ジェンダー平等」は推進チームを立ち上げるなど、特に力を入れていた様に思います。なお、2015年に国連が採択したSDGsでも「ジェンダー平等」は達成すべき目標の1つに掲げられています。

多摩美術大学のグラフィックデザイン学科では各国に共通する社会問題をテーマに隔年でポスター展を行っています。2019年末にはオーストリア、中国、そして日本の3ヵ国でほぼ同時に開催しました。テーマは「gender equality(対等なジェンダー)」このポスター展について多摩美術大学へお伺いし、インタビューさせていただきました。


『対等なジェンダー』という社会問題をテーマに行われたポスター展をとても興味深く拝見いたしました。
また海外の学生らと同時開催という形で実施されたことにも時代性を感じました。
まず最初に、今は社会問題に対し敏感な若者が増えているように感じます。
トーリンには、美大に行きたいという生徒さんが沢山来ています。
絵が好きで、とにかく手を動かすことが大好きという彼らの中に、社会問題を解決するという思いで美大を選ぶ学生さんがいても面白いと思いました。

加藤准教授 学生たちを見ていても普段の制作から社会問題をストレートにテーマにする作品も増えてきています。やはりTVやSNSからニュースなどを見て興味を持つのだと思います。10年前からこういった問題を扱うことは当たり前になってきましたね。特にグラフィックデザイン学科では課題を自由にしているという事で、自分でテーマを導き出すことになります。社会問題をテーマにしたいという事は指導側がどうこう言う事ではなく、若者が社会を見る中でみんな自然に出てきていると感じます。

多摩美は自由という事をスローガンにしていますけど、その自由の中で自然にそういう問題を疑問視したりテーマにしたりという学生がいるのだと思います。美大という、「どんな人がいても受け入れる」という環境も、こういう問題をストレートに発言できるってことはあります。高校まではなかなか言い辛いこともあるのではないかと思いますね。

しっかりした社会貢献活動をしている企業かどうか。
その貢献度で企業を見るような学生が増えている印象がありますね。
そこから今のSDGsが提唱されたり、デザイン志向というものが出てきたり、昔は大人が考えるものだったものが、若い人たちも参加する社会になってきている感じがしますね。テーマに対して社会背景は関係しましたか。

加藤准教授 参加する女性の発言やリーダーシップはありましたね。作品に関しては男女というよりは国の違いが出てきていたというのが面白かったです。日本の学生はイラストからの展開が強く、ヨーロッパはデータグラフィックスのような展開ですかね。最近特に日本はマンガ、イラストレーションの影響が強く感じます。

鳥山助手 僕が学生だった当時参加した15年、「高齢化」がテーマの時に感じたことは、ヨーロッパ側はデータを根拠にするなど、客観的に捉えた作品が多く、対して日本側の作品ではイメージや感情などの表現をメインに扱っていたことで、その差が印象的でした。

15年、17年、19年とその傾向は違いませんか。

加藤准教授 大きく違いがありませんが19年になると、ウィーンの作品に表現的な作品が増えてきている印象を受けます。互いに影響し合う部分かもしれません。世界でも影響し合うでしょうし、国内の大学同士で例えばムサビと多摩美でやっても違いは出るでしょうね。

大学の色もそうですしお国柄も違いますから、違いは自然に出るんでしょうね。しかし昔やっていたらもっと違かったかもしれません。今はSNSなどで同じようなものを見る機会が増えていますから。中国のデザインにもそれぞれ過去とは違った印象を感じます。全体では影響し合ってきている印象でこの企画の融合を感じますね。

多摩美は女性の方が多いですが、作品を見ていても作品を作るにあたって男性が作る作品と女性が作る作品にも違いがあるようですし、それぞれの育った環境や地域でも考え方は違うのかなと。

テーマを自分に置き換えて作る人もいれば、周りに置き換えて作る人もいるわけですよね。この課題に限らず、留学生の中にも自分の育った環境や文化を、そうした目線でとらえている学生がいますね。意外とその環境で受けたストレスを表現するような作品も目にします。

今回参加してくださった助手の鳥山さんが第一回のポスター展で「老い」をテーマに出品した作品。時間を積み重ねた美しさがあるというメッセージ。

最近出たジェンダーギャップ指数をみてもジェンダーの問題においてはまだまだアジア圏の意識改革は必要そうですね。
それでも今こういう問題を考えた若い学生さんたちが社会に出たときにいい反応が出るという事ですよね。

加藤准教授 はいそうです。そういう反応に期待したいですね。そのためにもツケを残さずに若者たちが自由に作品作りをできる環境づくりを心がけていくことが大事だなと。

学生生活の中でいろんな形で海外のアーティストや様々な団体と交流を持つと思うのですが、これが一番最初の良い交流になる方もいらっしゃるのかと思います。

加藤准教授 そうですね。 SNSの交流もされていたのかな?

鳥山助手 1回目の時から、双方の学生がFacebook上で交流しながら企画が進んでいきました。当時のテーマは「高齢化」でして、「将来の人口比率の問題」または「自分が年をとった時の社会生活」、このいずれかをテーマに選択した上で、解決策か提案、または分析を示すという課題でした。双方の学生が自国で制作し、来日後に多摩美にて合同で展示し、英語でプレゼンし合うという事を行いました。

加藤准教授 やはり両国で同時開催しているという事がこの展示の趣旨となります。そのため、作品データを両国間で相互にやりとりする必要がありました。展示の準備では、ウィーン側でも日本側でも、交換したデータをそれぞれ現地で出力し合うことで、両国で同じ作品を揃えて展示することができました。この実現には大きさや仕様を揃えた共通企画を定め、お互いにまもって制作することが必要です。これが、展示作品をポスターに定形化している理由のひとつでもあります。

鳥山助手 ウィーンから皆さんがいらっしゃってプレゼンするという事で、会場作りをしたり、ウィーンから送られてきたデータを日本の学生みんなで出力したりという事をしました。外国の学生の作品を出力し、直に手に取るという事が印象的でした。まだ来日されていない状況で、これから会う人の作品を出力しながら、どういったことが表現されているのか、自分達と比べてどんな考え方の違いがあるのかということを感じながら出力作業をしたことが思い出されます。

加藤准教授 それで2回目は社会問題という前提で、学生たちがディスカッションしてテーマを決めたとのことでした。より学生たちに交流をさせていきたいという事でブラッシュアップしていったと前任の山形先生※から聞いています。

※:第一回〜第三回の担当は山形季央教授でした。

会場でのプレゼンテーションの様子。

次回はどのようになりますか。

加藤准教授 コロナの影響によるところが大きいですね。22年に開催できるか、23年になるかという状況です。


インタビューは21年12月15日、多摩美術大学・八王子キャンパス内にて、コロナ感染対策を十分にとった上で実施。

前列左より鳥山助手, 加藤准教授, 石井助手後列左より瀬尾, 佐々木
助手の鳥山さんはトーリンの卒業生でした。