桑沢デザイン研究所 「渋谷」で学ぶ柔軟で骨太なデザイン

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感度の高い「渋谷」で学ぶ
柔軟で骨太なデザイン

専門学校 桑沢デザイン研究所

第11代所長 工藤強勝

トーリン美術予備校

学長 瀬尾 治
学長補佐 佐々木 庸浩

制作 稲葉 克彦

(INABA STUDIO)

日本で初めて「デザイン」を校名に冠した専門学校「桑沢デザイン研究所」。そのカリキュラムは独自性に富んでおり、発想力・構成力・想像力を含めた豊かなデザイン力を養っています。第一線で活躍するデザイナー・クリエイターを多数輩出する桑沢の教育の実態に迫るべく、第11代所長の工藤強勝氏にお話を伺いました。


美大と比較されることも多いかと思いますが、桑沢デザイン研究所の優位点となる部分はどこにあるとお考えですか。

 第一にカリキュラムです。昼間部 1年次では全員が様々なデザイン領域を幅広く総合的に学び、 2年次から各々の専攻を選びます。この流れを経ることで専攻選択におけるミスマッチが起きにくい上に、様々なデザイン領域についての知見を得ることができるので、将来の活躍の幅が拡がりやすいのが特長です。

 もう少し踏み込んで言うと、本学の昼間部では 1年次にデッサン・彫塑・色彩構成・平面構成など、幅広く学び基礎的な造形力を身につけます。

 このカリキュラムによって、自分のポテンシャルに気付き、2年次の専攻選択にも変化が出てくる、ということが起こるのです。さらにどの専攻で卒業しても基本的なグラフィックデザインが身についているため、活躍の幅の拡張に繋がるというわけです。

 次に、授業やゼミナールを担うのは現役のデザイナーなので、「業界に近い教育」を文字通り実践できていることに加え、後にも話しますが文化の中心地・渋谷で学べるという立地の部分も強みと言えるでしょう。

 また、やはり学費が安いという点も美大と比較した際の優位点となります。美大へ行くと平均で七百万近くかかるところが、桑沢では四百万ちょっとで済む。保護者が家庭の負担を考慮した際、「桑沢なら通っていいよ」と言ってくれた、という学生も多いですね。

桑沢デザイン研究所の独自カリキュラム

総合デザイン科(3年制・昼間部)

デザインの基礎から社会で役立つ技術と考え方まで、幅広く学べるカリキュラム構成となっている。1年次には全員が共通で基礎を学び、2年次から「ビジュアルデザイン」「プロダクトデザイン」「スペースデザイン」「ファッションデザイン」の4専攻に分かれ、知識や技術を習得し、3年次にはゼミナールの形式で卒業制作を行う。

専攻デザイン科(2年制・夜間部)

出願の際に専攻を選び、1年次から基礎と専門を並行して学ぶ。カリキュラムは専門性の高い内容ゆえに、段階を踏むことで着実に知識と技術を身につけることができる。

推薦系入試で提出する「自己PRのための資料」(ポートフォリオ)では、どのような部分が見られるのでしょうか。

 受験生の人物・人柄です。実技を見るものではなく、今に至るまでどのように積み上げを行ってきたか、ということが中心になりますね。実際、受験生の中には、予備校に通っている方だけでなく、ずっと運動部で頑張ってきて 3年生になってから準備を始めたという人もいます。そこからどれだけ努力してきたか、桑沢の教育に向いているか、ミスマッチがないかを一番重要視しています。

 内容としては静物デッサン・色彩構成は必ず組み込むよう指定をしていますが、「それらを守らないとだめですか」と聞かれることもあります。そうするとやはり桑沢でしっかり学ぶことができるのか、本校のことを理解しているのか、我々としては疑問になってしまうわけです。今持っている技術ではなくて、どれだけ努力してきたかという話なので、やったことがなくてもチャレンジしてほしいですね。

 また、オープンキャンパスや学校説明会では実際に制作されたポートフォリオの実物を見せているので、受験生はぜひ一度桑沢に来てください。ただ、知っておいてほしいのはポートフォリオにも段階があるということ。

 入試で作るのは「受験のためのポートフォリオ」ですが、卒業して社会に出る頃には「就活のためのポートフォリオ」が必要になりますよね。この就活の段階のポートフォリオが最高レベルのものになるわけですが、入試のものと就活時のものとでは全くクオリティが違います。「ポートフォリオ」という言葉を一概に捉えずに、こうした段階によるポートフォリオの内容の違いも、ぜひ見に来てほしいと思います。受験対策にもなりますからね。

学校説明会

学校説明会では、学校の特色やカリキュラム・就職状況・入試等について個別相談することができる。デッサンや色彩構成等の受験準備のための実技作品を持参した受験生には、教員からアドバイスをもらうことも可能。また、入試参考作品の実例や、在校生の課題作品、就職活動の際に使用されたポートフォリオも見学できる。
※事前予約制ですので詳細は公式ホームページをご確認ください。

入試と就活それぞれのポートフォリオを見比べると、成長の度合も見ることができるということですね。
では、在学生が就活時に制作するポートフォリオについても教えてください。

 授業課題での制作物が主な掲載内容となります。3年次で就活用のポートフォリオを作る際、基本的には2年次の課題や3年次前期の課題をブラッシュアップして掲載します。実践的な課題が多いので、普段から取り組んでいるだけでも作品として掲載できるほどのものが仕上がっていきますよ。学生たちはお互いに刺激を与えつつ、それぞれの視点で課題に向き合っているので、ポートフォリオを見た企業の方からも高い評価を頂いています。

 夜間部では、ポートフォリオや就職の指導を行うための「チュートリアル」という授業もあります。広報課が外部で説明会を行うときはポートフォリオをたくさん持って行って展示していますが、他の専門学校や美大の学生はもちろん、講師の方々にもよくご覧頂いています。

 ただ、授業課題作品を掲載すると申しましたが、同じ企業を目指す2人の学生がいると、2人から似たような作品が出てくるということも起きます。なので、私は「自分で架空のテーマを作ってもいいから、自主制作も入れなさい」と指導しています。

 例えば課題として実際にある商業施設の広告をやらせたりすると、みんなの作品に同じ商業施設の広告が出てくるので、やはり少しは自主制作を入れることも必要なのではないかと。

 前期の6~7月くらいはポートフォリオの指導や修正が多くなります。みんなノートパソコンを持っているので、その場でレイアウトを入れ替えるとか、大小つけるとか、ラインを揃えるとか、フォントを変更するとか、そういう指導をしていますね。

少子化により、業界全体で入試が簡易化されていく傾向がありますが、貴校はしっかりと入試を実施し続けています。
そこにはどんな想いがあるのでしょうか。

 かつてのような高い倍率を維持できている訳ではないですが、デザイナーを志して入学してくる学生たちの期待に応えるためには、学生にも一定以上の適性が必要であると考えています。

 つまり、デッサンや色彩構成などの受験準備をして頂く中で、桑沢で学ぶ覚悟だったり、モノを作ることへの情熱を自分がどれだけ持っているかということを認識してもらうための機会が、入試であるということです。そもそもデザイナーは観察力や構成力、発想力を起点に提案を行う専門家なので、その基礎を学ぶ入り口として入試が機能しているとも言えますね。

 本校の入試では昼間部一般入試日程以外は全て、15~20分程度の面接が入ります。そこで特にチェックしているのは、マネジメント能力、つまり入学後に教育に対してのモチベーションを維持できるのかを確認しています。自分にとってデザインとはどういうことか、社会に出て自分はどのようにデザインと向き合うのか。

 デザインへの知識というよりも、自分の持っている力を発揮したいというモチベーションを持って取り組む力だと思っています。そのようなモチベーションの高い人物にぜひ入学していただきたいですね。

 また、今までの高校生活や大学生活できちんと勉強してきた人は、自分が壁にぶつかったときに解決できる能力を持っていると思います。要するに、ただ絵や漫画が上手という技術だけでなく、解決能力や学びに対するモチベーションについても、面接でしっかりと見ています。

 また、桑沢は「課題が厳しい学校」として評価を頂いておりますが、こうして学生たちが一定以上のレベルで学べる環境を守るためにも、やはり入試は必要になると考えています。しかし、その入試を簡易化しないでいられるのも、日頃受験指導にあたられている予備校・高校の先生方のご理解があるからこそ。感謝しております。

入学試験について
総合デザイン科 募集人数200名
  • 自己推薦(AO型)入試・自己推薦入試:「自己PR」/「面接による試験」
  • 一般入試A日程:「学科試験」/「実技試験」
  • 一般入試B日程:「実技試験」/「面接」
専攻デザイン科 募集人数160名
  • 自己推薦入試:課題作品・ポートフォリオ(VD専攻受験者のみ)をもとにした面接
  • 一般入試A・B日程:「実技試験」/「面接」は専門性の高い内容ゆえに、段階を踏むことで着実に知識と技術を身につけることができる。
貴校は、専攻デザイン科(夜間部)の人気も高いことで知られています。
ダブルスクールや社会人の方々も多く在籍されていると思いますが、早稲田大などの有名な大学や、美大からも入学があるようですね。

 夜間部にはデザイン以外の知識や業務経験など、多様なバックグラウンドを持った学生が集まってきます。そうした学生同士が切磋琢磨することで学びの相乗効果が得られるという点に、本校の夜間部の強みがあると言えるでしょう。

 令和3年度の東京都における美術・デザイン・写真を学べる専門学校の夜間部に入学した学生の総数は227名なのですが、同じ年に本校には、131名の学生が入学してきています。つまり専門学校の夜間部でデザインを学ぶ学生の約58%が桑沢に来ているわけです。

 専攻科ですので基礎を総合的に横断するようなことはできませんが、昼間部にも引けを取らない経験を得られると思います。また学費も昼間部の半額と、通いやすい金額ですので、働きながら通われている方もいらっしゃいますよ。

 2021年度より夜間部は、専門課程にふさわしい「教育水準の高さ」を維持しながら、働きながら学びたいというニーズにも応えるべく、カリキュラムを改変しました。ただ授業課題や出席管理も昼間部と変わらず易しくはないので、それなりにご苦労のある方もいらっしゃるようです。

専攻デザイン科 過去5年間の入学者 出身大学
工作室

各種素材の加工や塗装ブースでの塗装作業ができる実習室。常駐しているスタッフが室内設備の利用方法、課題制作に適した工具、素材を紹介し学生をサポートする。

かつて渋谷という場所はインターネットの登場前、流行の最先端を象徴する街であり、デザインを学びたいと思う若者たちの憧れでもありました。
現在、学ぶ場としての渋谷はどのような環境であると感じますか。

 環境はかなり変化してきていると感じています。商業施設においても店舗はサンプル品を展示するだけで、実際の商品購入はインターネットから行うことも少なくありません。しかし、商品を実際に触れるような体験は、まだ自ら足を運ぶことでしか得られない感覚があると思います。そういった意味で本校の位置している渋谷・原宿含めて、都内には美術館やギャラリーなどが数多くあるため、本物を間近で見る経験というのは、今でも変わらず重要だと感じます。

 本校には、美術大学にあるような、立派な美術館やグラウンドはありませんが、渋谷と原宿にある様々な商業施設や、代々木公園などを大きなキャンパスとして利用することもできます。

 業界での本校の卒業生の活躍には目を見張るものがあります。それは本校の学生自身が渋谷の文化に対して、非常にビビットな感性を向けているからだと思います。外を見ればファッションや建築、グラフィック、サブカルチャーなど、刺激を受けるもので溢れており、学生たちはそれらを取り入れて、自分のものにしています。文化のシャワーをデザインに活かすことができる人は、現場に出たあとに、次のステップに移ることができるでしょう。

 デザイナーとしてやっていく上で、すぐに自由に仕事ができるわけではありません。でもそこから道を開拓していく過程で、渋谷という混沌とした文化の街が心に浮かんでくるのではないでしょうか。そうすると自分で「選ぶ」という重要さに気づくことができます。自ら選択した分野において、習得したスキルを使い独創的なデザインができるようになります。このことは私自身が年ぶりに母校に戻り、所長として関わっていく中で改めて感じました。

図書室

主にデザイン・建築・美術・写真に関する約27,000冊の図書と300タイトルの和洋雑誌、850タイトルの視聴覚資料が利用できる。

始まりはファッションデザイナーの桑澤洋子氏、そして学校の理念はバウハウスを参考にしています。
“概念砕き”などいわゆる『デザイン思考』を始まりから大切にされてきた学校だと思いますが、ようやく社会でもデザイン行為への認知が広がっていく中、デザインの専門学校の元祖とも言える貴校の立ち位置、目指すべき場所はどこであるとお考えでしょうか。

 私は首都大学東京(現・東京都立大学)の教授時代の 2010年に9日間、ドイツのバウハウス関連施設、デッサウ・ヴァイマール・ベルリン等で建築物から保存している資料館などを、多く見学・検証してきました。そこで当時の「バウハウスの教育理念や精神」としての合理主義的(機能主義的)なものと、表現主義的(神秘主義・精神主義的、芸術的、手工業的)なものとを混合していた時代を再確認しました。

 その後、時代を経て合理主義・機能主義が、バウハウスの中心的な教育傾向となっていきます。これは工業デザインや大量生産に合致するものでした。このように、バウハウス教育の精神や理念は決して消えるものではありません。その中で常に変化し続け、時代を反映していったのです。本校はバウハウスをモデルとして建学されましたが、バウハウス時代の恩恵と現在のデザイン教育や精神は、あえて同じテーブルに乗せる必要はないかと思います。本校のカリキュラムもまた、バウハウスの理念に始まり、時代を反映し変化をし続けています。

 一方で、“概念砕き”という桑澤洋子氏の『デザイン思考』は、いくらデジタル時代になっても全く普遍的でとても重要なキーワードです。“概念砕き”とは、すべての先入観を解体し発想の転換を求める言葉であり、学生はさまざまな課題を通してそれを学びます。

 デジタルの発達により技術能力の差がフラットになりつつある現代において、“概念砕き”は私が学校案内などで頻繁に発している、現代の「クリエイティブ・シンキング」(創造的思考)と精神的にはほとんど同義であり、求められるのは枠組みにとらわれない自由な発想と、そこから生み出される豊かなアイデアです。「クリエイティブ・シンキング」は教育において浸透さ教員側も学生たちにとっても、日常のアイディア、発想、制作を通して自分のものにしていくしかありません。

概念砕き
見慣れた、使い慣れたものについて、五感を使ってあらためて見つめ直し考えることで、今まで気づかなかった点や、まったく違った視点を発見する。そのために、昼間部1年の共通課程ではまず「手を動かしながら考える」ことを習慣づけていく。これが〈桑沢〉の重要なキーワード、「概念砕き」だ。既成概念にとらわれず対象を把握し、色や形の体系や素材の可能性を探ることで、表現や発想の幅を大きく広げ、デザインの基礎能力を養う。

本日のお話を通して素晴らしい学びがここにあるということを確信できました。

 デザインを学ぼうとするきっかけは様々ですが、桑沢デザイン研究所は、多様な人々の潜在能力に刺激を与え、実践と鍛錬の場を提供します。同じ目的を持った人達が集う場で、一緒に可能性を追求していく方々をお待ちしています。

インタビューは2022年11月30日、桑沢デザイン研究所にて、新型コロナウイルス感染対策を十分にとった上で実施。写真は学生が自習や昼食場所として自由に利用することができるテラスで撮影。左から瀬尾、工藤強勝 第11代所長、佐々木、稲葉。

2023年1月、工藤所長がご逝去されました。このインタビューの完成を楽しみにしておられました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

工藤 強勝(くどう つよかつ)

桑沢デザイン研究所第11代所長。1948年岩手県生まれ。日本電信電話公社(現 NTT)のエンジニアとして 4年間勤務したのち、桑沢デザイン研究所でデザインを学ぶ。1976年デザイン実験室を設立。以後グラフィックデザイナーと大学教育の分野で活動。主な仕事に建築誌『SD』(鹿島出版会)、『冒険王・横尾忠則』展(世田谷美術館)、建築作品集『内藤廣の建築 199220041』『内藤廣の建築 200520132』(TOTO出版)などのアートディレクションを担当。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科講師を経て 2006年より首都大学東京システムデザイン学部・大学院教授、~ 2014年客員教授。著書に『編集デザインの教科書』、『デザイン解体新書』、『文字組デザイン講座』など。また、造本装幀コンクール[ユネスコ・アジア文化センター賞]、講談社出版文化賞[ブックデザイン賞]など受賞暦多数。2019年『タイポグラフィをめぐる書物の森』展、企画監修。