歴史ある古都の中心で
紡がれる伝統と
新たに始まる創造
京都市立芸術大学
美術学部 工芸科
教授 栗本夏樹 氏
美術学部美術科 日本画専攻
講師 三橋卓氏
トーリン美術予備校
学長補佐 佐々木 庸浩
実技講師 内藤 奈採
京都市立芸術大学は、創立143年目の2023年10月、京都市西京区から、京都駅東部地域にキャンパスを移転しました。美術と音楽を両軸とする京都市立芸術大学は、文化首都・京都に蓄積された豊かな美の伝統を背景に、建学以来、国内外の芸術界・産業界で活躍する優れた人材を輩出しています。トーリン美術予備校では、「Terrace(テラス)としての大学」を基本コンセプトとした新キャンパスを訪れ、京都市立芸術大学美術学部がこれから作っていく「創造の現場」について取材しました。
- 今回、京都駅の地下街を通ってこの新キャンパスに来たんですけれども、地上に出る階段に学生作品のポスターがたくさん展示されていました。駅の周辺にこのような作品展示がされているという環境が、京都市立芸術大学に近づいてきたときの最初のインパクトなのかなと思います。
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(栗本) ありがとうございます。移転の1年前から京都駅にカウントダウンボードが設置され、市民の皆さんも一緒にカウントダウンしてくださったようです。また100日前からは、学生の演奏や制作風景の写真が日替わりで表示されるデジタルサイネージによるPRも行いました。
- いい景色ですね。本日は、2023年10月1日に全面移転された新キャンパスを見学させていただき、美術学部の教育の特色である「総合基礎実技」についてお聞かせいただければと思います。
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(栗本)キャンパス移転について簡単にご説明させていただきます。京都市立芸術大学は、2023年10月以前は京都市の西の端にある沓掛という場所にキャンパスがあり、約40年をそこで過ごしました。 本学にとって、キャンパス移転は初めてのことではありません。沓掛の前は今熊野(東山区)という、京都駅の少し東にある京都国立博物館の近くに美術学部のキャンパスがありました。今熊野には1926年(大正15年)から長くいたのですが、京都府画学校開学100周年を迎えた1980年に沓掛に移転しました。それまで美術学部は今熊野、音楽学部は岡崎(左京区聖護院)と別の場所にあったのですが、一つの芸術大学として100周年を迎えたいということで当時の学長である梅原猛先生が中心となって学内外との折衝に当たられ、沓掛への移転を成し遂げたということです。実は私が入学したのがその移転の頃でした。今と同じようにピカピカの新キャンパスで、他の芸術系大学の学生にとてもうらやましがられていました。
両学部が一つのキャンパスに集まったことで、新たな文化が生まれてきました。それまでなかなか交流できなかったんですけれども、たとえばGMG(芸大ミュージカルグループ)というサークルは美術と音楽の学生が一緒にできることを何かしようということで、じゃあミュージカルをやろうといって始まったことが40年以上続いています。今熊野と岡崎の両キャンパスから沓掛への移転のときは、美術学部と音楽学部が一緒になって新たな芸大像が生まれたのが大きな変化でした。
- その沓掛から再び移転されたわけですが、キャンパス移転という一大事業にあたっては様々な議論がされたことと思います。
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(栗本)学内で移転論議が持ち上がったのは、今から10年程前のことです。その当時で移転から30年が経過する中で沓掛のキャンパスも老朽化や狭隘化が進み、耐震性やバリアフリーなど各種の問題が生じてきました。問題解決のために建て替えるのか移転するのかを時間をかけて議論しましたが、やはり本学は京都に立地する芸術大学であることから、京都の文化を身近に感じられる京都市中心部への移転が非常に大切なのではないかとの意見が多くなりました。特に、昔から在籍している教員は今熊野のキャンパスを知っており、身近にお寺があったり、歩いて博物館に行けたりという経験があったため、京都の文化にじかに触れるような環境の中で教育を行いたいという思いが強かったと思います。
また、本学の設置者である京都市は、「文化芸術都市・京都」の創生を目指して様々な施策を実施しています。京都市立芸術大学移転整備基本計画※にもありますが、本学の移転によって京都駅東部の地域が文化芸術都市の新たなシンボルゾーンとなることが期待されています。京都市の構想と私たちの思いがちょうど合致したため、厳しい財政の中ですが新キャンパスを建設していただいたという、私たちにはとても嬉しい、奇跡的な経緯がありました。
- 新キャンパスはどのような構想で設計されたのでしょうか。
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(栗本)新キャンパス「Terrace(テラス)としての大学」を基本コンセプトとして設計され、大学の三つの役割を設定しています。京都市立芸術大学移転整備基本計画概要版の2ページ目には、左側に大学の役割として「芸術であること、大学であること、地域にあること」とあり、右側にはテラスの役割として「浮く、開く/閉じる、十字路」と書いてあります。これらはばらばらではなく、「芸術であること」と「浮く」、「大学であること」と「開く/閉じる」、「地域にあること」と「十字路」が関連付けられています。
まず、「芸術であること」は、別の言い方をすれば「芸術で何ができるのか」を私たちがこの移転によって考えなければならないということです。基本計画には「エクストラオーディナリーな価値観を提示する」とありますが、「オーディナリー=平凡」に対して非凡、並外れたという意味であり、常識にとらわれないことが必要です。対になるコンセプトの「浮く」は、常識にとらわれない場所であるテラスという場所をイメージしています。大学は権威の象徴ではなく、常識にとらわれない浮いているような存在でありたいと考えています。
二つ目の「大学であること」については、基本計画には「人と人・人と自然の新しいつながり方を提示」とあります。これは対となる「開く/閉じる」という言葉で語られておりますが、テラスというものは内側から外側へ張り出していて、外と内との境界を開閉することができます。大学である以上は深い専門性を持って研究しているわけですけれども、それだけではなくて、外部と交流しながら横断性を持って高度な研究・教育を行っていくのが大学であるということです。横断性に関わる教育として本学の特色を表しているのが、美術学部の一回生前期に受講する総合基礎実技という授業です。コンセプトの話から少し離れますが、外部との交流を重視するとはいえ学生の学習環境を整えるためにキャンパスのハード面ではしっかりとセキュリティを確保していますので、安心して通っていただけると思います。
最後の「地域であること」、これは「地域にどう貢献できるのか」ということだと私は理解しています。周辺の街づくりと連携したり、地域の産業の振興とか地方の創生というものを推進するということにこの移転がつながっていく必要があります。本学は公立大学であり、市民の皆さんのご協力で運営している大学なので、やはり地域に貢献したり地域に還元したりしていかなければならない。それで、対になるキーワードとして「十字路」というのが出てきますが、大学が色々な、研究者や学生に限らず地域の皆さんや観光客の方かもしれません、いろんな方が入ってきて新たな出会いや交流が生まれる場にしたいと考えました。文化の十字路と言う言葉がありますが、文化と文化がまじりあう中で新しい文化が生まれてきたのは人間の歴史上明らかなことですので、そういう場所になりたいという思いでできたのがこのキャンパスです。
- 移転コンセプトに関するお話をうかがって、建物が新しいだけでなく、大学の役割についての考え方がすごく新しいのかなと思いました。それがこれから形になっていくというところに皆わくわくしている状態なのかなと思いましたし、「テラス」というキーワードの中で研究・教育が行われていくのは非常に魅力的だなと感じます。
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(栗本)もちろん移転は器としての建物ができたということではあるんですが、それはスタートポイントであり、学生も含めて皆でその器に加えていく、大学を作っていくことが大事だと考えています。制作室を見てもらうとわかると思いますが、結構まだ未完成と言うか、途上なんです。完成させずに自分たちで作り上げていく余地を残し、学生も参加して皆でどういうふうにキャンパスを使うかを協議しながら決めていく。例えば博士(後期)課程の学生向けに博士ラボという施設があるのですが、教員と学生で運営委員会を立ち上げて使い方を協議しています。 ディスカッションをしたうえで、配置や必要な物を考えるところからキャンパスを作ることができる。全て大学側が指示するのではなく、学生自身がどんなふうにこの場を作っていくか考えさせることは私たちの狙いでもあります。
- これから入学する子はそれに関わっていく。楽しみですね。
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(栗本)大変でもありますけれどね。こちらの三橋先生は作品展※にも関わっているのですが、今まで京都市京セラ美術館を借りていましたが今年からはキャンパス全体を使って開催しようとしています。そうなると、この場所を使いたいと専攻によって陣取り合戦のようになってネゴシエーションが始まるわけですね。※作品展…例年2月に実施し、卒業制作のみでなく1回生~修士2回生までの全学生の作品を展示する。
(三橋)やはり学生も新しい場所ですから、色々試してみたいことや場所からインスピレーションを受けて作品を作りたいということが昨年度に比べて明らかに増えている印象があります。いいことなんですが、大変でもあり苦労しているなと思います。
(栗本)苦労と言うのは生みの苦しみで、苦労がないと良い物は生まれませんから。
- 新しく京都市のシンボルゾーンを作るということには地域の住民の理解も必要だったと思いますが、建設地はどのように確保されたのでしょうか。
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(栗本)建設地の中心は、廃校になった小学校の跡地です。その他、保育所や市営住宅など、京都市の建物が建っていました。市営住宅にはたくさんの住民の方がいましたが、沓掛のキャンパスと同様に建物が老朽化していたこともあり、京都市が新しい市営住宅を建設して住民の方にはそちらに移っていただき、スペースを空けてそこに新キャンパスを建設したということですね。私たちから見れば、沓掛からこの市内中心部に来たということは大きな環境の変化ですし、その変化がこれからどう私たちの大学を変えていくのかということはとても楽しみなんですけど、地域の皆さんの視点から見たら、生活環境が大きく変わってしまったということなんですね。学生さんがぎょうさん来てくれたのは嬉しいけど落ち着かへんのちゃうやろかとか、うるさいんちゃうやろかと色々な心配事があると思います。私たち教員はもとより学生も含めて一人一人が地域の皆さんとどう共存していくか考えないといけない。重要なテーマになると思います。
- できてよかったと言われるような大学になっていくのにも、これから通う学生さんたちの動きも関係してきそうですね。
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(三橋)それはもちろんそうですね。市民生活があるということを無視して自分たちさえ良ければいいという発想でいると理解は得られないですし、マナーや大人としての振る舞いが必要になってくるかなと思います。
- ここから、移転コンセプトにもある「横断性」に関わるという総合基礎実技の授業についておうかがいしたいと思います。
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(栗本)本学の美術学部は美術科・デザイン科・工芸科・総合芸術学科から成りますが、入学後の半年間、美術学部すべての新入生が、科・専攻の枠を越えて総合基礎実技を履修します。学生は所属の科に関係なく4クラスに編成され、様々な課題に取り組みます。私は来年度(令和6年度)の総合基礎実技の運営委員長を務めており、今から少しずつ授業の準備をしています。
総合基礎実技は今熊野にキャンパスがあった時代から継続している歴史のある授業です。ルーツは学生運動にあり、1970年代に学生運動の結果として大学改革が行われた中で出てきたものです。この時は授業だけではなくて、入試の変革も行いました。現在の入試にも活かされていますが、全ての学科で同じ内容の試験を実施することになりました。それ以前は専攻別入試で、陶磁器をやりたい人は陶磁器の試験、漆工をやりたい人は漆工の試験を受験していました。そのまま専攻ごとに入学すると縦割りになってしまい、他の専攻の学生と知り合いになることもなく、他の専攻の先生の話を聞くこともないことが問題でした。他の専攻の様子がわからないんですよね。
でも、新しい入試を行い、総合基礎実技の授業を設けたことで、美術科・デザイン科・工芸科・総合芸術学科の学生が混ざるようになりました。入学して最初のクラスに多様な学生がいて、重要なことですが友人関係が多様になる。指導する教員は12名程度で毎年交代しますが、できるだけ多様な専攻の先生が入るようにしています。同じ課題についても、違う科の先生だとそれぞれ言うことが違うんですね。面白いやんと言うポイントが違ったり、学生としては混乱すると思います。どっちなんですか、どれが答えなんですかと、ある意味混乱するとは思うんですが、同じ物でもその人が立ってる価値観によって見方も違うし評価も違うのが当然です。そういうことも学べる場ですし、課題もできるだけ根源的なテーマを与えています。
- 過去の課題も見せていただいたんですが、ユニークなテーマに取り組んでおられてすごく面白いなと思いました。今年度はどのような課題に取り組まれたのでしょうか。
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今年度は移転があるので「move」というメインのテーマを立て、移す、動くとか引っ越すということにつなげて考えました。その中で課題を四つ与え、第一課題は「うつしを束ねる」、第二課題は「身体」、第三課題は「うごく依り代を作る」としました。
まず「うつしを束ねる」について、これだけではよくわからないと思うのですが、芸術活動の最初のステップとして、写生するとかデッサンするというのは目で見えている状況を絵で描いて写しとることから始まります。そういう、根源的な描くということもうつすということの一つですし、いろんなメディアで、例えば版画であれば版という物を使って像を写生する、あるいはコピー機を使うとか、デジタル化して加工するとか。そういうこともうつす、移動させることが関わっており、非常に現代的なテーマです。
そこを学生がどう解釈するか。「うつす」という言葉について、日本画の教員から日本画の立場で自分の写生観やうつすということの技術についてのレクチャーをしたり、コピー機を使ってコラージュするとか、ワークショップをしたりして新しい手段を学びながら、課題を考えるという形で進めました。
第二課題の「身体」も芸術にとってすごく大事な部分です。私たちは身体を通じてしか表現ができません。頭で考えるのも身体の表現の一部だと考えると、ありとあらゆるものが身体性を持っています。この課題では「超運動会を作る」という、これまで考えもつかなかったエクストラオーディナリーな運動会を作る課題でした。グループごとに自分たちの種目を作り、ルールを考えてルールブックに落とし込み、必要な機材を作って、そして実際に運動会を開いてみんなでやってみる。その後は振り返りを行う。表現というのは色々な形があるので、絵を描いて見ていただくことに限定されない形態があることを経験してもらうのが目的でした。
第三課題は「うごく依り代をつくる」というテーマで実施しました。依り代というのは目に見えない精霊、神様と言ってもいいものが乗り移ったものです。お祭りであればご神体やおみこし、鉾と呼ばれるもので、曳いたり動かしたり担いだり練り歩いたりします。この課題では、沓掛のキャンパスに元々いた芸術の神様みたいな存在に自分たちの作った依り代に憑依していただいて、それを新キャンパスまで実際に自分たちで運びました。実際は交通ルールなどの事情があって全部の行程を運べたわけではないんですけれども、結構長い距離を歩きました。鴨川の河川敷も歩きましたし、儀式もしたんですよ。まず沓掛で依り代に乗り移ってもらうための儀式をして、ここに着いた時にまた新キャンパスに移っていただくための儀式をしました。神様が新キャンパスに移らずにもう一度連れて帰る場合もありました。面白いお面や衣装も作るなど色々なアイディアが出て、みんな面白がってやってくれたので、楽しい課題になったと思います。個人制作の場合もあれば共同制作の場合もあって、仲良くなったりあるいはもめたり、いろんなグループがありますが、社会性というか、いろんなことを学ぶ場になっています。
三つの課題に取り組んだ後、最後に「展覧会をつくる」。総合基礎実技の最後のまとめとして展覧会「そうきそ展」をみんなで作る課題です。展覧会を行うために必要な場所の設定、作品の選定、見せ方も課題の中に取り込んでいます。それぞれの課題によって映像で記録するとか、写真で記録するとか、あるいは絵巻物みたいなものにするとか、いろんな形で記録したものやあるいは実際に作った物をこういう形で一堂に展示しました。音楽学部の学生は演奏という形で自分たちの日頃の研鑽を発表するわけですけれども、私たちはやはり展示をするということが重要な部分です。「展覧会をつくる」という課題を敢えて設定することで、作って終わりではなく、どんなふうに見せたらいいのか、どうすればわかりやすいのか、そういうことも含めて、自分の作品を世の中に発信していくノウハウも勉強できる授業にしています。
- 来年度の展望をお聞かせください。
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次のことはまだ何も決まっていないのですが、私としては環境というのがすごく重要だと考えています。キャンパス移転によって大きく環境が変化したことで何が変わっていくのか、地域の皆さんの生活環境を大きく変えてしまっている、そことどう折り合いをつけていくのか、またもっと大きく見るとこの地球環境というものがすごく疲弊したり、人間の活動で環境の悪化が進んでいるということに私たちはどう向き合って、芸術という方法で何ができるのかということを学生と一緒に考えてみたいです。これから指導担当の教員と検討し、準備をしていきます。
- やはりコロナ禍ということで、例年どおりの授業ができなかった時期もあると思いますので、移転後の取組を楽しみにされている学生さんも多いんじゃないかなと思っていました。
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(栗本)新キャンパスでは、すごく大きな総合基礎実技の部屋ができたんです、体育館みたいな。そこを使って来年度からは総合基礎実技の授業をやります。今まではクラスごとに四つの教室に別れて授業を行っていたのを、大きな一つの空間で一緒にやるということで、例年どおりクラスは作りますが、大きな変化ですね。
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- 新入生はクラスというと自分の専攻を想像していると思うのですが、御校はまずそれがなくて、いろんな科の学生が入り混じったクラスで前期課題を行うという制度は、これから受験を考える子が驚くことかもしれませんね。
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(栗本)総合基礎実技に注目して取り入れることを検討される大学さんもあり、結構問い合わせもいただいています。また、2014年度からは本学の研究機関である芸術資源研究センター(芸資研)が中心となって「総合基礎実技アーカイブプロジェクト」を進めています。総合基礎実技の担当者が過去の資料を整理して芸資研に移していくことで、今後誰でも使えるアーカイブになっていきます。
- 作品写真だとビジュアル化されるので、ぱっと見てわかりやすいものが目立ちやすいですが、課題のコンセプトや狙いなど、授業が練り上げられていることが資料からはよくわかります。
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(栗本)活用はこれからですが、本学としても貴重なアーカイブという認識のため、今後も続ける方向で進んでいます。
- 1年次の前半で全科の学生が総合基礎実技をやるということですが、その後専攻はどう決まっていくのでしょうか。専攻を変更する学生さんはどのくらいいるのでしょうか。
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(栗本)総合基礎実技の時点ではまだ専攻は決まっていません。1回生後期からは各科に分かれて「基礎授業」を受講し、2回生以降に専攻を選択するという流れです。基礎授業の長さは科によって違いますが、私の所属する工芸科では1回生後期に基礎授業として陶磁器・漆工・染織を全て体験し、2回生に進級する時に専攻を選ぶという形ですね。本学では専攻選択の際に人数調整はしません。極端な話、工芸科1学年の全員が陶磁器専攻に行きたいと言ったら受け入れるという方針です。また、専攻を選んだ後は、こちらについては希望者全員が認められるとは限りませんが、転専攻の制度も設けています。
- 専攻選択の際に人数調整がないのはちょっと驚きです。
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(栗本)学生の主体性や意思を尊重するということです。自分がやりたいことがあるのに、いろんな事情でこの人は認められてこの人は認められないということは、人生の大きな岐路で本人の意思が無視されていますから。やるほうはしんどいんですけどね。毎年人数が違うので、毎年スペースの調整を美術学部の中でして、譲り合ってやっています。
- そういう調整は現代的なこの社会にも密接に関係することでもありますし、御校の輩出されてきた著名人の方々はその主体性から出ているのかなと思います。
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(栗本)本学の卒業生で特徴的なのが、現代アートで活躍している人が多くいることです。漆工などは特に伝統的なイメージがあると思うんですが、卒業生に現代アートの作家もいて、陶磁器・染織も同様です。美術科だけがアーティストになっていくわけではない。入学して最初の授業で主体性を重視する価値観を共有したり、ディスカッションを継続してやっているので、この科はこういうことをするという固定観念がないというか、こうでなければならないという着地点を決めないので、ある意味しんどいんですけれども、別に漆でやれることであれば何でもいいという緩さがあります。全ての専攻で、この専攻はこういうものと決めつけずに新たな手法を切り開いていく学生がいます。
- 伝統を重んじられている専攻と、新しい物が求められている専攻があると思いますが、その共通点を感じられたような気がします。ありがとうございました。
各専攻テラス 「テラスとしての大学」のコンセプトのとおり、専攻の制作室付近にテラスが設けられている
内藤奈採 トーリンの実技講師。映像・メディア表現を得意とする。植物をこよなく愛する。
(三橋)京都市立芸術大学のキャンパスは3つの大きなエリアに分かれています。美術学部の制作室や講義室は各地区に点在していますので、鴨川のほとりにあるH棟とI棟から見学していきましょう。
(栗本)H棟と、I棟の一部が漆工専攻の制作室です。H棟の前には高瀬川が流れていて、橋がかかっています。
-漆工の技法は高校生にとっては想像がつかないかもしれませんが、初心者には手厚く教えていただけるのでしょうか。
(栗本)基礎授業の中できちんと教えています。漆のかぶれを心配される方もいますが、それで辞める人はほとんどいなくて、1年くらい続けるとたいてい慣れていきます。
-大きなアボカドがありますね。学生さんの作品ですか?
(栗本)これは学生の作品です。原型は発泡スチロールで、乾漆技法で作っています。
-乾漆といえば仏像だと思っていましたが、アボカドを作っちゃうんですね。漆はもっとつるつるしているかと思っていました。
(栗本)こちらは学部生の制作室です。学生には1人ずつ制作スペースが与えられており、1台ずつ机 があります。人によっては椅子にあぐらをかいて制作しています。以前は床で制作していましたが、普段は椅子と机の生活なので、今回切り替えました。
なんと乾漆技法で作られたアボカド!(学生作品)ユニーク!
(栗本)彼女は博士課程に在籍していて、中国からの留学生です。
-学生さんにも少しお話を聞きたいと思います。今は何を作っておられますか?
(学生)この作品は漆皮という技法を使っていて、皮がまだ柔らかいときに形を作って漆で固めています。制作途中でまだ下塗りの段階です。
-どのくらいの時間をかけて制作されるんですか。
(学生)同時進行でいくつか作っていますが、だいたい1つに1ヶ月以上かかります。
-漆工について中国と日本で違いを感じますか。
(学生)学生として一番違うと感じるのは、日本のほうが表現的で自由に制作できるところです。
-先ほどの学生さんは革で制作されていましたが、漆は素材を選ばないんですか?
(栗本)金属、革、焼き物、木、紙、全部大丈夫ですね。
-表現の幅が広いですね。
(栗本)漆は何かに塗らなければ形にならないという特質があり、何にでも塗れます。私は最近、石に漆を塗っています。以前は、車のボンネットにも塗りました。フィギュアみたいなものや3Dプリンターで出力した原型に漆を塗っている学生もいます。
移転に伴い、学生達が使いやすいPCルームが整えられた。
(長谷川)ここが陶磁器専攻の制作室で、修士課程までの全学年が一つの部屋に集まっています。広く見えますが、1人あたりの面積は狭いくらいなので作品の大小によってお互い融通しあって、伸び縮みしながら使っています。1人あたり1~2台の机と棚を与えられており、ろくろを据えている学生もいます。
-学生のブースができていますね。
(長谷川)授業が始まったばかりなのであまり作品がありませんが、そのうちブースの棚がいっぱいになります。
-学年で使用する時間を区切っているんですか?
(長谷川)そういうことはしていません。学部は午前中に学科の授業をやっているので今はいませんが、大学院生は早くから来る人もいます。
-器や食器系を作る学生さんが多いですか?
(長谷川)そうでもないですね、食器以外の人の方が多いかもしれない。
-窯などの設備があって初めて制作できる専攻だと思いますが、学生さんはどんなスケジュールで制作していますか?
(長谷川)構想段階ではいろんな所に行って構想を練ったりして、しばらく来なくなる人もいます。だいたい構想がまとまるとここへきてずっと集中して制作、という感じの人が多いと思います。窯場は制作室からまっすぐ向かいにあります。電気窯とガス窯が3つずつです。電気窯は向こうの校舎から持ってきたものですが、ガス窯はだいぶ古くなって交換時期でもあったので、ちょっと無理を言って交換してもらいました。大きさは電気釜が1㎥とガス窯が0.5㎥の大きさで、学校としてはそこそこ大きめなので、大きい作品も作れると思います。
新しい電気炉
歴史を感じる土練機
巨大な石臼。こんなに大きな石臼にはなかなかお目にかかれない。
-窯に入れるときは一大イベントですね。
(長谷川)そうですね、大変ですね。半分くらい自動で焚けるようになってるんですけど、やっぱり卒業後にマイコンに任せるのではなく、スイッチを切り替えて手動で焚けるようになってほしいので、特に学部生にはマイコン制御の窯は触らせていません。できるだけ基本に戻って学ぶのが本学の方針なので。他の大学はやはり管理上の問題で夜中に残るのが難しく、自動の所がほとんどだと思いますが、本学では最後まで自分で見届けて窯を焚ける人材を育てようとしています。窯番のときに泊まれる部屋もあります。
-楽しそう。ちょっとわくわくしますね。
(長谷川)それも勉強のうちの一つなので。 -こだわりを持って制作できそうです。設備は新しくなりましたが、精神は昔のことを大事にしているという感じですね。
(中原)彫刻専攻の制作室はI棟の1階エリアにあります。今は引っ越し直後で整理ができていない部屋もあるため、外のスペースを使って石彫や木彫をやっています。
-1年生から大きい物をつくるんですね。学生は何人くらいですか?
(中原)今の1回生は10人くらいかな。
-きめ細かい指導が受けられそうですね。彫刻専攻では、原点となる素材はありますか?
(中原)1人の学生がずっと同じ素材で制作していることはあまりないんですよ。今回の作品はこの材料、次の作品は…というように、作品に合わせる考え方です。素材ごとに作業する部屋が分かれています。基礎の1回生から修士2回生まで全員が共同で使う部屋もあります。沓掛のキャンパスは素材別の作業室が大きかったんですが、それを縮小してここにスペースを集中させています。ここでいろんな作業もするし、どこかに机を置いてゼミもやります。
-学年どうしの交流も多いですか?
(中原)元々学年別のカリキュラムにはなっていません。1回生後期、2回生前期の「彫刻基礎」の授業は行いますが、それが終わったらほぼ学年関係なく個人制作に入ります。ゼミも混ざりながらやっています。
-課題数もそれほど多くないのでしょうか?
(中原)基礎授業のときは課題を出すんですが、2回生後期からは自主制作なので学生は半期ごとに計画書を作成し、指導教員とやり取りをしてテーマなどを決めます。
-一つの作品にエネルギーを使えそうですね。
(中原)途中でテーマがどんどん変わっていく学生もたくさんいます。
-伝統的な彫刻以外に、メディアアートや現代アートをやっている学生もいますか?
(中原)ミクストメディアの作品も多く、映像作品を作る学生もいるし、社会的な制作をしたい学生もいます。ただ、彫刻専攻では映像用の施設を持っていないので、共有で使用するPC系の実習室の設備を使うことになります。本当にいろんなタイプの学生がいます。
-どんな進路に進む人が多いですか?
(中原)それも色々です。彫刻専攻からゲーム会社、服飾系、出版社や教員になった卒業生もいるし、制作しながら会社勤めをできる職場を見つけてきた卒業生もいます。大学の非常勤講師をしながら制作を続ける人もいます。
-彫刻専攻出身者は立体を作れるから、卒業後の進路も幅広く選べそうです。
(中原)本学の彫刻専攻は、他大学と違って芯が通っていないとも言えます。関東の大学の彫刻専攻だと、決まったステップを踏んで制作すると思いますが、ここは放り出されて自分のやりたいことを見つけようとなります。僕は京都芸大の卒業生ですが、塑像は基礎授業で一体作っただけです。今の学生は基礎授業でもモデルのない塑像をやるので、大学ではいわゆる人体塑像を作らないと思う。
-彫刻専攻出身者は立体を作れるから、卒業後の進路も幅広く選べそうです。
(中原)本学の彫刻専攻は、他大学と違って芯が通っていないとも言えます。関東の大学の彫刻専攻だと、決まったステップを踏んで制作すると思いますが、ここは放り出されて自分のやりたいことを見つけようとなります。僕は京都芸大の卒業生ですが、塑像は基礎授業で一体作っただけです。今の学生は基礎授業でもモデルのない塑像をやるので、大学ではいわゆる人体塑像を作らないと思う。
-関東の大学は東京藝大出身の先生が教えていることが多いので、どこもカリキュラムが似ています。京都芸大が現代アートの制作者を輩出しているのは、カリキュラムが関係しているのかもしれないと思います。
(中原)関西の大学の彫刻専攻は、本学と似ているかもしれません。
一見、彫刻?と思わせる卒業制作
沓掛キャンパスでは専攻ごとに保有していた機材を一か所にまとめ新工房が誕生。全学年が共有で使用する。
-東西の違いとして面白いですね。彫刻専攻はカリキュラムのイメージがつきにくいですが、何でもやっていいと言われると選びたくなります。
(中原)何でもやっていいというのは、学生にとってはつらいところでもありますね。
-技術のみではなく、芸術に関する考え方を教えるというのが、他の専攻とも共通する姿勢だと感じました。
(三橋)連絡橋をわたって、真ん中のエリアにあるE棟に移動します。E棟には専攻の制作室の他に、京都市立芸術大学のキャンパスは3つの大きなエリアに分かれています。本学の特徴的な教育でもある「総合基礎実技」の教室が設置されています。
-版画は技法が多いですよね。学生さんは自分の好きな技法を選んで専門に学ぶのか、オールマイティに学ぶのかどちらでしょうか?
(王)基本の技法は「凹版(銅版画など)」「凸版(木版画など)」「平版(リトグラフなど)」「孔版(シルクスクリーンなど)」の4種類です。1回生後期から選択する版画基礎の授業で版種の基礎を学んでから、メインとして取り組む版種を決めてもらいます。
-関東では、油画専攻の中に版画研究室があり、油画を学んでいた学生が最終的に版画を選ぶという傾向があって、それを少し変えていこうという流れがあったのですが、関西では版画専攻を選択する学生にはどんな傾向がありますか。
(王)私は東京藝大の出身で、油画をやってから版画を選択した典型的な人間ですが、本学も含めて関西の大学は最初から油画専攻と版画専攻が分かれていることが多いので、入ってくるときの意識が違いますね。
-じゃあどこかで版画作品に触れて、最初から版画をやりたいと思っている学生が多いんですね。
(王)本学は「美術科」として入学し、2回生後期から専攻に分かれていくため、日本画など他の専攻の基礎授業を経験してから来る学生も多いですが、視野が広がっていいことだと思います。
-東西で版画制作への向き合い方に違いがありますか?
(王)違うとは思いますが、私くらいの世代になるとあまりピンと来ません。日本の版画の歴史を勉強すると違う流れがあることがわかるのですが、若い作家は色々な技法を取り入れて制作するのでスタイルの違いをあまり感じていません。
この石販は日本専売公社で制作されていたタバコのラベル印刷の石販原版。再利用のため寄付され50年間保管されていた。再利用をためらうほどきれいな版は表を向けてある。
-特徴的な制作室はありますか。
(王)私の専門は木版画ですが、水性(絵の具)と油性(絵の具)で制作室を分けています。水性の木版の部屋は、畳にしています。伝統的な浮世絵の部屋です。
-浮世絵も版画ですもんね。日本、中国のものから西洋のものまで、文化が広いですね。学生さんは制作室を自由に使えるんですか?
(王)今は運営方法を試しているところですが、申請すれば使えます。ここでは京都の摺師さんが使っている物と同じ物を使っています。
(安藤)染織専攻はE棟の4~5階に制作室があります。沓掛のキャンパスでは学部と大学院で部屋を分けていたんですが、新キャンパスではひとつながりの空間になりました。学年を超えて何をやっているのかわかるようになり、大学院には留学生もいるので仲良くなっていきながら技術を交換するとか、いろんな刺激があることを目的としています。4階の部屋は主に構想を練る場所で、制作をするときは特別な設備がある5階の工房に行きます。今は整備中ですが、染織合同研究室には資料室を作り、寄贈された染織品などを実際に手に触れて調べられるようにするつもりです。
-女性の学生さんのほうが多いですか?
(安藤)多いです、今は男性は1人。僕が学生だったときも、1人だった年がありました。
(三橋)そもそも入学者は女性が多く、9:1から8:2をうろうろしています。
(安藤)最近は被服に取り組む学生も増えてきて、学生によっては在学中から作った服を展示形式で販売することもあります。私にはなかなか手の出ない値段でしたが、来場した人には素材や技法、コンセプトを理解してもらって買ってもらっていました。
-京都だと、和服を作る方が多くなりますか。
(安藤)年によって変わりますが、近年は洋服が多いように思います。和服の授業もありますが、着るためというよりも作品として作ることが多いです。洋服には専門学校もたくさんありますが、デザインだけではなく一から素材に触れる経験ができることや、どうやって織られているのか、染まっているのか理解できることが本学の良さだと思います。昨年度在籍していた学生は、染織の知識を持ったうえで産地の工場と交渉してオリジナルの生地を作ってもらっていましたが、やっぱり素材のことを何も知らずにデザインだけして交渉するよりも説得力があります。流通しているものがどうやって作られているかが見えなくなってきているので、大量生産品も高級品もありますが、それぞれがどういうふうにできているか理解して選択していくのは今後のことを考えると重要です。
-染織というと伝統的なイメージですが、ここからファッションや現代的な表現に進んでいく学生さんもいるのでしょうか。
(安藤)本学の学生はいろんな表現をしています。デザインやテキスタイル関係に限らず、ディスプレイのデザインやゲーム会社に行く人もいます。染織の伝統的な技法が直接仕事になることは少なくなってきていますが、そういうことも学ぶことで発見できる考え方や見分け方がありますので、違うジャンルにも活かしてもらえたらと思います。技術だけを教え込んで即戦力になることを目指すよりも、何を考えるのか、自分のレンズというか物を見る視点を持つことが大事で、他の人にはない武器になると思っています。
テキスタイル関係の展示が多いのも京都ならでは。
(高井)E棟2階にデザインB専攻のスペースがあります。2023年度からデザイン科が再編されてデザインB専攻ができました。以前はビジュアル・デザイン、環境デザイン、プロダクト・デザインと従来からの区分で3つの専攻がありましたが、時代が変わってきたことを感じており、従来のデザインの分野にとらわれず、もう少し新しい領域を開拓したいという目的でこの専攻を作りました。「デザインB」の「B」は、「生成変化」を意味する“Becoming”から頭文字を取っていて、柔軟に変わっていけることを表しています。何かわからないことに飛び込んでくれる人、面白がってくれる学生が入学してくれるといいなと思っています。
-デザインB専攻で作成されている専攻ウェブサイトを見せていただいて、ものづくりだけでなくサービスもデザインしていくというニュアンスを感じたのですが、どのような教育を行われるのでしょうか。
(高井)例えば、今、3回生が取り組んでいる課題は、新キャンパスのスペースをどう使っていこうか考えるというもので、ここにカフェスペースを作ろうかと検討しています。自ら考える授業の一環として、ごみの捨て方をどうしようか、キッチン周りをどうしようか、新しくてまだ居心地が悪いからパーティー開いてみようかとか、学生自身が話してスペースを作っていっています。制作用のデスクもフリーアドレスにして、各グループが集まって話しやすい形にしています。
また、美術学部では珍しいと思いますが、4回生には論文を書いてもらいます。デザインB専攻には実技教員に加えて哲学を教える教員が在籍しているので、言葉のトレーニングは1、2回生の時から行っています。社会に出てからも文章は必ず書かないといけないですし、自分の考えを人に伝えるコミュニケーション能力が必要です。
-「作る」ではなく、「考える」トレーニングから入るんですね。
(高井)考えてちょっと作って試して、もう一度考えて、を週単位で繰り返すので、学生は忙しいと思います。常時3つくらいの課題を並行して行っています。
掃除道具は伝統的なほうき。こまめな清掃を心がけつつ、このほうきのモノとしての良さも感じてほしいとのこと。
(楠田)2023年度からデザイン科が再編され、総合デザイン専攻ができました。沓掛では以前のビジュアル・デザイン専攻、環境デザイン専攻、プロダクト・デザイン専攻がそれぞれの部屋に分かれていましたが、新キャンパスに移るにあたり、制作室を1つにまとめています。イラストを制作する学生、映像制作をする学生、インテリアデザインをする学生など様々な学生が自然発生的にプロジェクトを組めるようにと考えて設計しました。 授業がないときでもなんとなくここに来ることで、学年を超えた交流ができて、何かが生まれるのではないかと期待しています。
工房として、木工などちょっとした作業をするスペースを設けています。本格的に大きな作業をするときはI棟にある「共有工房」で作業します。少し総合デザイン専攻の話と離れますが、共有工房で作業すると、例えば彫刻専攻の学生が本格的に木を削っている横で総合デザイン専攻の学生がテーブルを作ろうとしていて、木の切り方を教えてもらえるのがいいところです。
もちろん共有工房にも指導の教員はいますが、友達どうしや先輩後輩で教え合うということが自然発生的にできるようになっています。先ほど、総合デザイン専攻内でも様々な学生が一緒にプロジェクトを組めるようにという話をしましたが、同じ考えが共有の設備にも及んでいます。
-出力機なども共有で設けているのですか。
(楠田)共有の大判出力とコピー関係があります。沓掛のキャンパスではコンピュータールームという形で作っていたのですが、誰かが困っているときは誰かが助けてあげられるように、声をかけやすいオープンな形にしています。
2月に実施する作品展に向けて皆が大きな作品を制作し始めたら、総合デザイン専攻のスペースがどういうことになるか楽しみです。
生徒の交流の場には自然と椅子が集まる。
(三橋)京都駅に最も近いこの地区はコンセプトを体現した場所で、3階部分で全ての建物がテラスでつながっています。A棟、B棟は主に音楽学部の棟で、コンサートホールや練習室があります。このテラスも今は何もないですが、作品展のときは作品展示でにぎやかになると思います。学生はお昼になるとご飯を食べたりしています。建物としては、大きなベースとして3階部分と5階部分の大きな層があって、そこでつながっています。
(三橋)日本画専攻は在籍する学生の人数が多くて、全体で120~130人が在籍しています。
-それは京都の大学であることが大きいですか?
(三橋)そうだと思います、京都で日本画を学びたいという人も多いです。
-新キャンパスに引っ越してみて、いかがでしょうか。
(三橋)部屋が広くなったとか壁がきれいになったというのはあるのですが、新しい部屋を作ったわけではなくて、前にあった部屋をそのまま持ってきました。引っ越したからと言って全て変わるのではなく、これまで積み上げたものをアップデートしていくつもりです。
(三橋)選考の資料室を設けていて、東アジアのものを中心にかなり貴重な資料も収拾しています。模写を学ぶ学生のために、仏教美術や平安以前の美術に関する資料が集まっています。掛け軸のレプリカなどもここに保管されています。
-日本画専攻ならではの資料が集まる、閉架図書のようなものですね。
(三橋)模写資料だけでなく、本学の何十年も前の学生の貴重な写生や作品を寄贈してもらったり、ご家族の方からいただいたりしながら集めています。昔の絵手本も残っています。
-絵手本とは何でしょうか?
(三橋)開学当時、筆の使い方を学ぶために、お手本を横に置いて実際に見ながら描いていくという指導を行っていたので、そのお手本の絵が残っています。資料はナンバリングして、アーカイブとしてもしっかり残していこうと思っています。京都には、江戸時代末期から昭和にかけて活躍した画家たちの京都画壇の土壌がありますので、ご家庭の中に貴重な資料が眠っていることがあります。家にこんなのがあったけどどうしよう、と持ち込んで来られることもよくあります。
-模写を選考する学生さんがいるということですが、作品が制作された時代の物と近い材料や道具を使うのでしょうか。
(三橋)実際にどんな絵の具が使われているかも大事ですが、もっと大事なのはその当時どんな筆遣いで描いていたのかや、自分の目で色を選ぶ方法です。科学的な分析結果で緑色と出ても、それは数値上の色です。青っぽい緑に見えても黄色っぽい緑に見えても成分は同じだったりするので、それぞれの目を通した模写というものをする必要があると思います。日本画専攻にはあまり珍しい機材はないのですが、制作室以外に模写室を設けています。
(学生)模写は基本的に当時使われていたものに合わせた材料で制作します。例えば昔の人が使っていた天然の絵の具は焼くと色が変わって、今の新岩絵の具はあまり変わりません。
(三橋)人造の新岩絵の具は色のついたガラスを砕いて作っているので焼いても色が変わりませんが、天然の材料は微妙な変化があります。
-手に入らないものもあるんじゃないですか?
(学生)そういう場合は、できるだけ天然の材料でできた似たような絵の具を探したり、色を重ねて似たような色を出したりします。
-ありがとうございました。
(三橋)先ほどは絵手本などの資料を見ていただきましたが、絵の具の資料も保管しています。日本画専攻の川嶋渉教授が資料を整理しています。
-絵の具の資料はどのような教育に使用されるのでしょうか。
(川嶋)日本画の画材や技法は奈良時代から現在までほとんど変わっていなくて、現在の画法で古い絵を保存・修復していくことができますが、素材やメーカーによってわずかな変化があります。その変化を見るために、各時代の画材を引き取って、画材のほうから日本画を勉強してみようという試みです。そのため、今ではお目にかかれない画材もあります。
また、自分で石を砕いて絵の具を作ってみるなど、精神的なものとは全く違うアプローチで絵画を学んでみようとしています。
(三橋)最後に、制作室を見ていただきます。基本的に何もない大きな部屋で、可動式の壁(パネル)を各自で立ててスペースを作っています。人によって使い方が違うので、話し合って調整しています。
-壁も床も使って制作されていますね。日本画は寝かせて描くというイメージでした。
(三橋)壁に立てかけて描くと絵の具が流れていくので、留めたい人は寝かせて描き、流れる表現がおもしろいという人は立てています。壁に自分で描いた写生を貼って、床で本画を描いている学生がいますが、本学では1回生から写生の教育を重視しています。
(石橋)構想設計専攻の設備はいくつかの場所に分かれていますが、C棟4階には主に映像に関わる部屋や、学部生用の制作室があります。制作室で構想をしたり、実際に制作をしたりと、学部の学生たちがメインで作業しています。引っ越し直後でまだ什器がそろっていないのですが、別に大学院生の構想室があって、同じようにプランニングや制作をしています。
-構想設計という専攻になじみがなくてとらえ方が難しいのですが、高校生に伝えるにはどう説明するのがいいのでしょうか。
(石橋)ほとんどの専攻は美術のジャンルによって設定されていて、例えば日本画専攻だったら日本画を描くというのが決まっていると思うんですけれども、構想設計専攻の場合は技法にとらわれずに自分たちの発想やコンセプトを形にすることが目的で、表現の方法は何でもいいんです。なのでいろんなことをやっている学生がいます。立体、映像、写真など、いろんな方法やメディアを使って制作しています。
扱う内容が幅広いですができるだけ学生ごとのやりたいことに対応できるような環境作りをしています。他の専攻でも映像を作る人はいるんですけれども、本格的に映像を作ったりコンピュータを使ってプログラミングをしたりするような人は特に構想設計専攻に多いですね。
-構想設計専攻は学生が作った専攻とおうかがいしたんですが。
(石橋)70年代の学生運動が盛んであったときに、大学がアカデミックな授業を学生に教えるというスタイルではなく、学生自らが発案して新しいことを行っていきたいということを、学生から大学に対して提案して作られた専攻です。
スタジオの設備が構想設計専攻の特色を表していますので見ていただきましょう。
-スタジオはどのように使われるのでしょうか。
(石橋)セットを組んで撮影もできますし、いわゆる映画的な作品を撮るだけではなくて実験的なことも可能です。例えば他の部屋(制作室などはカーペット)と違って床をコンクリートにしていますが、排水設備があって水を流せるようになっていたり、電源を多く設置して天井には照明やプロジェクターなどが吊り込めるようになっていています。映画ももちろん撮影できますが、新しい発想でここを使ってもらえたらと思っています。
-規模の大きい設備なので個人制作が難しい気がするのですが、チームでの制作がメインになるのでしょうか。
(石橋)こちらからチームを組むようには指導していませんが、おっしゃるとおり1人ではなかなか作業できないところがありますので、学生は自主的にチームを組んだり助け合ってやっています。また、構想設計専攻では学外での活動も重視しており、他大学の学生とも交流して制作・発表をしていって欲しいと思っています。
-アニメーションなどは個人の活動で制作することもありますか。
(石橋)はい、コンピュータで制作するだけでなく、自分の好きなタッチで手描きのアニメーションを制作したり、人形やセットを作ってモデルアニメーションの撮影をする学生もいます。
-映像以外の制作をする学生さんもいますか。
(石橋)もちろんです。メディア関係の作品を作る学生は半分弱くらいで、独自のコンセプトから作品を作る学生の方がどちらかと言えば多いです。学生の表現方法を限定する指導はしていないので、それぞれが自分のジャンルを開拓していけると一番良いと思っています。
-実際に入ってみるとわかるのだと思いますが、高校生に伝えるのが難しい専攻ですね。
(石橋)よく何をやってもいいと言います。
-絵がそれほどうまくないけれど表現したいという意欲のある学生もいると思うのですが、そういう学生にとっては間口が広くて魅力があると思います。
(石橋)作りたい情熱のある学生もいますし、作品制作に限らず行動や言葉の表現でもいいと考えています。あるいは文字で表現したり、自分で作るのではなく人を動かすことで自分の表現ができる学生もいますので、それも応援しています。C棟1階に構想設計専攻のプロジェクトルームがあり、身体表現や舞台表現、映像実験などを自由に考える場所となっています。壁が白いので映像を投影したり、複数の照明や映像で空間を作ったり、パフォーマンス公演もできます。プロジェクトルームは定員が100名くらいですが、C棟6階には大学全体の施設としてもっと大きいホール(多目的ギャラリー)がありますので、プロジェクトルームでリハーサルをやって多目的ギャラリーで公演するなど連携していけたらと思います。
-演劇やパフォーマンスをやるとなると、音楽学部も関連してくるのでしょうか。
(石橋)音楽学部との実技時間が異なるので、常に美術学部とコラボレーションすることは難しいですが、音楽学部の学生の中でも美術に興味があって、大学院から美術研究科に進む人も増えてきましたので、今後は音楽やサウンドを切り口にした作品制作も盛んになるかなと思います。C棟4階には録音室があって、ちょっとした楽器演奏やナレーションの録音ができます。沓掛のキャンパスでは美術学部にはサウンドを作る環境がなかったのですが、学生の創作がさらに広がっていくことを想定して設置しました。
こういったスペースを工夫して使って、学生が新しい動きをしてくれたらいいですね。
(金田)C、D棟の6階~7階が油画の制作室になっています。こちらの部屋では、「油画基礎」の授業の制作を行っています。油画基礎は1回生の後期と2回生の前期で選択できるんですが、今は1回生が油画基礎の授業を受けています。今回は「見ることから絵画へ」というテーマで風景、人物、静物の順に制作し、最後に描く静物の作品を作品展に出す予定です。今期は油画基礎が人気で、想定していたよりも制作室が狭くなってしまいました。
-皆さん制作が進んでいるようですが、講評が近いんでしょうか。
(金田)1週間後に講評の予定です。今やっている風景の課題では、引っ越してきたばかりなので新キャンパスの環境を取材して制作しています。
-基礎授業の後はどのようなカリキュラムになるのでしょうか。
美術科では、1回生後期と2回生前期に各専攻(日本画、油画、彫刻、版画、構想設計)のいずれかの基礎授業を選択した後※、2回生後期から専攻に分かれます。油画専攻では油画1、2、3の3つのクラスがあり、常勤の教員が2名ずつ担当しています。油画1というのは、絵画の形式の部分、どう描くのかということを研究していきます。油画2は絵画の内容を研究し、考えているテーマをどのように絵画にできるのかを考える授業です。油画3は、もう一つの絵画というのをテーマにしています。絵を描くことは好きだけど、何かもっと違うことができないかと考える、はみ出した学生が集まっているとも言えます。映像作品や現代美術的なアプローチもありますし、立体作品も作ります。絵画3を担当する石原友明教授は写真なども含めた現代美術が専門です。
また、油画専攻では学年を分けずにクラスを編成しています。先輩に色々聞けるのがいい点で、材料についてとか、先輩の展示の手伝いもいい勉強になると思います。僕も油画専攻の卒業生なんですけど、先輩と一緒に制作するのは緊張しますが、自分の立ち位置は何なのかを考えるきっかけにもなります。
-制作室はおもしろい作りになっていますね。
(金田)天井を高くしていて、大きな絵を描く子に使ってもらいたいなあと思っています。 油画専攻の作業スペースとして壁が大事なので、壁をできるだけ多く取れるように、壁際ではなく部屋の真ん中に空調や配管などの設備を集めました。沓掛のキャンパスでは室内に水道を設けていて、壁面がそれで狭くなっていたので、新キャンパスでは制作室の外に水場を作りました。制作だけでなく、展示にも使えるように考えているので、壁面は真っ白です。僕はイーゼルよりもできるだけ壁を使って制作するように指導しています。
-壁を大事にしているのは、いつでも描けるようにということですか?
(金田)それと、いつでも展示できるということも言えます。油画専攻では作る、見る、置くというのをテーマにしています。見るは合評で、置くは展示のことなんですが、作品を置いてみてどう見えるかっていうのも大事にしています。
-学生さんの作品を見ていて、あまり黒とか強い色を使っていなくて色味が豊かだなあと思ったんですよね。
(金田)そうですか、色が足りないくらいだと思っていましたが、良かったです。油画基礎の授業の中で色彩も扱っていて、学生がその時に理解しているかはわからないんですが、たぶん自分の制作をやり始めてからわかってくるということがあるかもしれません。色をたくさん使っている雰囲気がありますか?
-すごく色を感じました。他の大学の絵画専攻に行くと白と黒の作品もよく見かけるので油画には冷たい印象があったんですが、違いますね。
(金田)特に最近の学生は、iPhoneで撮った写真をもとに描くことも多いと思います。写真は構造上、黒白のコントラストで出来ている面が多いのでそうなっていくのかもしれません。油画専攻の教員も学生に対して、写真を描くというのはどういうことなのか考えるようによく言います。写真の状態で完成しているならそれで作品にできるけれど、写真から描くというのはどういうことなのか。写真の話から少しずれますけど、今はiPadでの落書きを子供のときからやっている学生も多いと思いますが、本当に何でもできるし、大きさまで変えられるし、不思議な作業です。そういう経験のある学生の作品はどういうものなんだろうと観察しています。
(竹浪)総合芸術学専攻のスペースはC棟5階にあり、研究室に集まってゼミを行っています。
-他の科よりも定員が少ない専攻ですが、4学年で20人くらいが使われていて、調べものやレポートを書いたりしているんですね。
(竹浪)そうですね、1回生は別の授業に行っていることが多いので、だいたい2回生から4回生のたまり場にもなっています。別に大学院生用の研究室もあります。研究室の近くには畳の部屋があって、一応名前は講義室なんですが、学生の交流スペースのようになっています。
-壁がホワイトボードになっていますね。これが講義室というのが面白いです。
(竹浪)ホワイトボードは学生が好きに使って、描いています。限られた使い方になりますけど、授業にも使うことがあります。普段はここで休んでいる学生も多いですよ。
-学生さんの研究テーマはどんなものがありますか。
(竹浪)いろいろな研究テーマを選んでいます。日本・東洋美術、西洋美術などの美術史や、美学、芸術学、さらにはデザインやテクノロジーとの関係性、美術教育など、芸術に関する多様なテーマで研究しています。
-高い学力が必要でしょうか。
(竹浪)やはり論文を書く専攻なので、ライティングを重視しています。
(竹浪)総合芸術学専攻と同じフロアに保存修復専攻の制作室があります。保存修復専攻は大学院修士課程からなので、学部生はいません。模写や修復などの実技と、文献や素材の調査研究・論文執筆の両方が求められる専攻です。
-先ほど日本画専攻の模写室も見せていただきましたが、どういう違いがあるのでしょうか。
(竹浪)保存修復専攻での模写は実作品を調査に行ったうえで、科学的なデータも踏まえて制作する点が日本画専攻と少し違います。
-素材などの科学的な調査もされるんですね。
(竹浪)実作品の制作当時と同様の素材を検討し、制作当時はどういう表現だったのかを考えながら模写を行います。復元模写の場合は、実作品では既になくなってしまっている部分も想定して、制作当時の状態を再現します。また、模写だけではなく、「修理工房」での修復も行います。今は表具の修復の実習をやっていて、古い掛け軸を外して再度表装しなおすなど、修復の基礎を学んでいます。
-貴重な作品も扱うことがあるんですか。
(竹浪)京都市に協力して、文化財の調査実習を行うこともあります。
-外に出る機会も多そうですね。
(竹浪)そうですね、私も引率でしょっちゅう調査に出ています。もちろん作品の写真や修理の報告書は参照するんですが、写真だけだとなかなかわからないことも多いです。実物を見られるものは見て、そこからデータをとって研究することを重視しています。
-どのような学生さんが進学されるのでしょうか。
(竹浪)本学の日本画専攻出身で、実技に加えて調査・研究も勉強したいという学生が進学してくる場合があります。他大学出身者や留学生も在籍しています。保存修復専攻はリサーチも必要なのですが、ある程度の日本画の技術がないと研究しにくいです。
-将来、大学院の保存修復専攻で勉強したいと思う高校生は、どういう勉強をするのがいいでしょうか。
(竹浪)大学の日本画専攻で古画を学んでいただくのがいいと思います。
保存修復では京都市に協力して、文化財の調査実習を行うこともあり、実地での作業も多いのが特徴です。