いま、その土地で学び、
暮らすことの価値
京都芸術大学 副学長
小山 薫堂 氏
トーリン美術予備校
学長 瀬尾 治
学長補佐 佐々木 庸浩
京都造形芸術大学を前身とし、歴史ある古都・京都から「人間力」と「創造力」を大きな軸として多くのアーティスト、デザイナー、クリエイターを生み出してきた京都芸術大学。2020年の大学名改称に伴って、さらに大きな飛躍を感じさせるこの大学では学生を導く指導者の顔ぶれも実にユニーク。2021年、世界中がコロナ禍によって大きな変化を求められる中、この大学で副学長を務める小山薫堂氏に、いま京都という場所で学ぶ意味、そしてそこに暮らすことの価値についてじっくりお話を伺いました。
キャンパス内にある「千秋堂」は京都芸術大学の教授である裏千家・千宗室家元より寄贈された茶室「颯々庵」。1960年につくられた当時の茶道具から、柱、土壁、建具まで、ほぼ原型通りに移築・再現。伝統芸術基礎や建築の授業における本物の教室として活用されている。
- 京都という場所にどのような魅力を感じていらっしゃいますか?
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京都芸術大学の副学長の他に、東京にある京都館の館長も務めております。京都市が東京に出店した、言わばアンテナショップです。そこではやはり京都に関する質問が多く、例えば「京都とはどのような場所か?」と質問をいただくことがあります。
僕はそのとき、「人生の学校である」と答えています。それは京都に訪れるときにいつも感じていることで、本当に街そのものが教科書のようです。街を歩けば歴史に出てくるような史跡や神社仏閣がふとしたところにあり、料理屋さんに行けば有名な作家の器で料理が出てくることもしょっちゅうです。京都の街は意欲的に関心を持つことで、至る所に学べる環境があります。
東京との一番の違いはやはり、街のスケール感ではないかと思います。東京はどこか人間のスケールを超えた大きな街になりすぎているように感じています。京都は、東京では感じられない、人や自然との距離の近さがまだ残っている。しかも、周囲に山があって、川が流れていて四季を感じながら暮らすことができる。
さらに、ただ自然環境の四季ではなく、文化的な意味で四季折々の風習がちゃんと街に残っている。その中での暮らしは、日本人だからこそ感じられる美や心地良さを身体で受け止められる貴重な体験だと思います。
「京都とは、人生の学校」。街そのものが教科書のようである、と小山氏。写真右より小山薫堂副学長、瀬尾治、佐々木庸浩
- そのほか、京都で暮らす魅力や特徴はどこにあるでしょうか?
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京都に暮らしている大人はセンスが良いと感じており、その出会いは大変有意義だと思います。含蓄のある言葉を持った人や、文化的背景をしっかり理解している人が多い。歴史的背景とともに、引き継がれてきた文化が今ここにある理由を語ることができるので、話をしていて勉強になります。
また、京都市の人口の 1/10は学生で、日本で最も大学生の比率が高い町ということもあり、同じ世代の人たちがアルバイト先などで知り合うことのできる環境が整っていることから、他の地域と比べ同世代の人達と密に交わることができるのではないかなと思います。
街そのものに美しいものがたくさんあることも京都で学ぶ魅力ですね。東京だと、朝起きて窓を開けると建物がいっぱい見える。人混みの中を歩いて駅に行って、ぎゅうぎゅうの電車に乗ってどこかに行くという自分の生活のローテーションを想像しただけでも、あまり自分の感性を磨ける見本となるような場所ではない気がします。
京都だったら、朝起きて家から出たときにどこかに神社の鳥居がおそらく見えるでしょう。山も見えますし、水が流れていることにも気がつきます。そうすると、道端に咲いている花の美しさに気づくであるとか、京都は日々の中の気づきを磨いてくれるような環境にあります。
- 京都で創作することで、作品への影響はありますか?
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創作活動をする場所によって、出来上がってくるものは変わります。伝統芸術に限らず、イノべーティングなことに挑戦する人にとっても、情緒はすごく大切で、そのような人間味のあるものが入ることにより、技術が初めて活きてくると思います。
例えば、本学にはクロステックデザインコースやプロダクトデザインコースがあります。最新の技術が習得できるコースですが、そこに京都の伝統芸術が加わることで、学生が表現するものは東京とはまた違うものになるでしょう。
あとは、時間の記憶のものさしが京都は物凄く長い。京都のものさしでは 1、2年後のスケールではなく、どうしたら百年後に残っているか、という感覚を持っている人が多いと思っています。芸術に携わる人は、時代によって消える流行をつくるわけではなく、五十年、百年後にも残りつづける作品をつくることで本当の価値が問われるべきです。そのことを考えると、京都の時間の流れの中で、感性を磨いていく方が良いと感じています。
- 京都独特の価値観などは存在するのでしょうか?
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僕は、京都の金銭感覚がいいなと感じています。例えば、親しくしている人が「値打ち」って言葉をよく使っています。「これ値打ちあるなぁ」という感じです。他の都市は高い、安いということは言いますが「値打ち」という言葉はあまり使いません。
京都の消費者は、良いものを作った人には、それだけの対価を払わなきゃいけないという意識があるようです。京料理や京都の工芸品は、そのような消費者の意識に支えられているのだと思います。これだけ手間暇かけて丁寧に向き合っていることを理解したうえで、「この価格を払わなきゃいけない」というお金の使い方をしています。他の都市では「高い物に価値がある」とイメージしている方が多いのではないか思います。
僕に「値打ち」という言葉を教えてくれたのは、京都の老舗かばんメーカーの社長さんです。そこは商品企画部がありません。新しい鞄を作りたいと思った職人さんは社長さんに「こんなカバン考えたんですけど、どうでしょう。」と提案します。すると社長さんは、「じゃあそれ、使こうてみぃ。一年くらい」と返します。職人さんが実際に1年使ってみて、社長さんが「どうやった?」と聞き「ここは変えた方が良いと思います」というやり取りをする。そのうえで改良し、「じゃあ、売ろうか」と言って商品化されていく。
作る人が使う人の気持ちになって物に向き合い、作った労力と材料費をお客様からいただくっていう商いをされているのです。東京にはなかなかないやり方ではないでしょうか。すごく理想的で、これからの時代に京都の老舗かばんメーカーさんがなされている商いの仕方は、お手本になると思います。それでこそ、値段もはっきり決まりそうな気がしますよね。セールもないですし、おまけもしない。これはこういう商品やから、と。
京都芸術劇場(春秋座・studio21)は2001年に京都芸術大学内に開設。日本の高等教育機関ではじめて実現した大学運営による本格的な劇場である。主に歌舞伎の上演を想定してつくられた大劇場(=春秋座)と、現代演劇・ダンスの上演を想定してつくられた小劇場(=studio21)という、まったくタイプの異なる二つの空間から成り立っている。
- 京都には物を大切にする文化が根付いていそうですが、いかがでしょうか?
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そうですね。例えば、ファッション業界などは特に、新作の販売シーズンが終わったら50%オフとかで売るじゃないですか。それはブランドの販売戦略レールの上でしか考えられておらず、消費者は、同じ物を高く買う人もいれば、安く買える人もいる。物の価値は流行りかどうか、 1年前の古い洋服は価値がなくなるという考え方はあまり良くないはずです。そのことを理解して行動に移している人が、京都には多いと感じています。
それこそ今、 SDGsの話をよく聞きますけど、そもそもは日本という国は、意識しないうちに SDGs的な生き方をしてきたはずです。例えば、物を大切にする精神を持っていたり、金継ぎなどで修繕して古くなったものをよみがえらせたり。昔から日本人がやってきた様々なことが、実は今、最先端で求められていることに近いと思います。そのお手本が京都にはたくさん残っています。 SDGsの全国市区の先進度調査でも、京都市はランキング1位でした。
- 京都での大学生活を送るとき、大切にして欲しいことはありますか?
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京都で人と関わりを広げることでポイントになるのは(高校生はイメージ付きにくいと思いますが)、良いバーを見つけることだと思います。もちろん二十歳を過ぎてから。良いバーには、良い大人がいます。東京だと街が大きすぎて雲の上の人にはなかなか出会えませんが、京都は会える確率が各段に高まります。
その雲の上の人っていうのは、ただ金を持っているという意味ではなく、どこかの家元であるとか芸術家であるとか。それこそセンスのある趣味人に会える確率が高いので、そこから人生が、セレンディピティに転がっていくということもあります。そのチャンスが圧倒的に東京よりも高いです。
京都芸術大学らしさの象徴、全学生が使用できる“ウルトラファクトリー”。最新の技術、さまざまなアイデアを体得・共有できる空間であり、大学と社会を繋げる場とも言える。
- 京都の立地を活かした教育プログラムを持つ京都芸術大学で、特に力を入れていることは何でしょうか?
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本学では、「芸術教育の社会実装」という考え方に力を入れています。大学の中だけで完結する教育ではなく、実社会の中で大人たちと一緒に様々な課題に向き合い、リアルな体験に重きを置いています。よって、京都の街からうちの学生に期待されていることがたくさんあります。課題に直面すれば「京都芸術大学の学生と一緒に解決していただけませんか?」と依頼してくださる。だから本学に進学すると、大学だけがキャンパスではなくて、京都の街全体がキャンパスだと思っていただけると思います。
驚くことに、お店で、「これセンス良いな。」と思ったところにうちの学生の影があります。例えば、京都駅の近くに梅湯という銭湯があります。廃業した銭湯を、若い銭湯活動家と名乗る銭湯好きの若者が借り上げて、復活させている銭湯です。その梅湯に行くと、すごくセンスのいい壁新聞が書いてあるのを見つけました。絵も上手で、「あれ。これはもしかしてうちの学生かな。」と思ったら確認すると本当にそうで。本学の学生達が梅湯に協力をしてやっていたようです。
他にも、あるお蕎麦屋さん行ったところ、アルバイトの子が着ているシャツがとてもお洒落だったので「蕎麦屋なのに、シャツはなぜこんなお洒落なんだ?」と不思議に思っていました。するとやはり、本学の学生がアルバイトしており、その子がデザインしたシャツでした。このような学生の活躍をあちこちで発見できます。
余談ですが、僕はその蕎麦屋さんで働いていた子に、「いつかうちの会社で働いてみるのも良いかもよ。」と僕の会社の名刺を渡しました。当時彼女は大学2年生でしたが、その時の縁をきっかけに、後日僕の会社にインターン生として入ってきました。偉いなと思ったのは、僕に連絡せずに、代表メールにインターンの受け入れ可否を確認してきたことです。僕に名刺を貰っていたので直接連絡できたのに、そのコネを使わず、あえて正面から扉を叩いたことに、僕だけでなく他の社員も感心。皆が「彼女に会社に入ってほしい」という気持ちになって、なんと次の4月から本学を卒業して僕の会社に入社してきます。
インタビューは2021年2月9日、京都芸術大学内ウルトラファクトリー/デジタルファブリケーション工房にて、コロナ感染対策を十分にとった上で実施。
小山 薫堂(こやま くんどう)
京都芸術大学副学長、放送作家。脚本家。日本大学藝術学部在学中に放送作家として活動開始、数多くのテレビ番組の企画・構成、脚本を手掛け、『料理の鉄人』『トリセツ』や映画『おくりびと』では、国内外で高い評価を受け各賞を受賞。エッセイ、作詞など幅広く活動する他、下鴨茶寮主人、京都館館長、2025年の大阪万博ではエリアフォーカスプロデューサーを務める。