100年を超えて
伝え続ける
“メディア芸術”の真髄。
東京工芸大学
教授 池田爆発郎氏
助教 室橋直人氏
トーリン美術予備校
学長補佐 佐々木 庸浩
総務部長 木村雅臣
制作 稲葉 克彦
(INABA STUDIO)
日本が世界に誇る「アニメーション」と「ゲーム」。かつては純粋な娯楽とされていたこれらの分野は、IT 技術の進化により、今や世界経済を動かす一大産業へと成長しました。その成長に伴い、クリエイターを志す若者たちも増え、多様な才能が集まる場となっています。創立100 年以上の歴史を誇る東京工芸大学は、写真、映像、デザイン、インタラクティブメディア、アニメーション、ゲーム、マンガの7つの学科を設置し、クリエイティブ分野の未来を担う人材を育成しています。今回は「アニメーション学科」と「ゲーム学科」に焦点を当て、同大学が提供する先進的な教育と学生たちの学びについて伺うため、中野キャンパスを訪れました。
[アニメーション学科について] 池田爆発郎 教授
- アニメーション学科では「想像力」と「観察力」を教育の基本に掲げていると伺いました。デッサンで養う観察力と、アニメーション制作に必要な観察力にはどのような違いがあるのでしょうか?
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デッサンによる観察力は、目に見えるものを正確に捉える基礎として重要です。しかし、アニメーション制作ではそれ以上に、動きや物語の本質を捉える力が必要です。キャラクターや背景が動き出す瞬間をイメージし、表面だけでなく、物事の奥にある仕組みを掴む観察力が求められます。
池田爆発郎教授 - 観察力と想像力は密接に関係しているのですね。
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観察力と想像力は密接に関係しているのですね。
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中野キャンパスには、「メディア芸術」分野の人材教育・研究拠点として充実した学びの環境が整っている - デッサンや模写の必要性についてはどうお考えですか?
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デッサン力は制作の自信につながります。ただ、それだけがすべてではありません。私は学生に「まずは好きなものを描くことから始めなさい」とよく言います。たとえば、電車が好きならそれを徹底的に描く。そうした積み重ねが個性を育てるのです。また、模写は技術を学ぶ上で有効な手段ですが、そこで終わってはいけません。模写のスキルに観察力や想像力を加え、自分だけのオリジナル作品を生み出すことが大切です。その過程で新しい発見が必ずあるはずです。
- 高校生や保護者の方々に、アニメーション学科を志す際のアドバイスをお願いします。特に、これからの時代を担うクリエイターに必要な意識について教えていただけますか?
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基礎的な練習は、未来の自分への投資です。デッサンやスケッチだけでなく、観察力や想像力を磨くことも含めて、それらは夢を実現するための「楽しいトレーニング」だと考えてください。また、アニメーションで培ったスキルや視点は、制作会社に限らず、より広い分野でも活かせます。大学では新しいことに積極的に挑戦し、自分の可能性を広げてほしい。「見たことがないものを作る」という意識を持ち、日々の観察や練習を大切にすることが、これからの時代を切り開く鍵になるのです。
- アニメーションに興味を持って入学した学生さんの多くは商業アニメに惹かれますが、貴学はアニメーションを「多様な映像表現」として捉えていると伺いました。具体的にはどのような教育を行っていますか?
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1年生ではまず「バウンドボール」を描く課題から始めます。単純な跳ねるボールでも、物理法則の理解や細かな観察が必要で、アニメーションの基礎を学ぶ貴重な機会となります。また、アニメーションの歴史や技術の変遷を学ぶことで、表現の可能性を広げていきます。 アニメーションの本質は、絵に「時間軸」が加わることで生まれる表現です。例えば、静止していた物が突然動き出すような「仕掛け」で、見る側に驚きや喜びを与えることができます。10秒や30秒の短い映像でも、十分に物語や感情を伝えられる。そこで重要なのは、作り手が「何を見せたいのか」「どう感じさせたいのか」という明確な意思を持つことです。
- 3年生からのゼミについて伺います。池田先生のゼミでの取り組みと、他のゼミの特徴などを教えていただけますか?
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私のゼミでは、前期に「ノンキャラフェチアニメ」という特徴的な課題を出しています。水が流れる様子や風に揺れる木々など、キャラクターを使わずに
30秒から1分のアニメーションを制作するもの。学生は自分が「フェチズム」として感じたものを表現しながら、「起承転結」や物語の基本構造を学びます。後期では、ナレーションと映像をあえてずらす手法を探求します。同じ情報を目と耳から入れると脳が退屈してしまうため、言葉と絵のギャップを活用して見る人の興味を引きつける。このように、観察力と創造力を刺激する実験的な課題を重視しています。 アニメーション学科の各ゼミも、教員それぞれの専門性を活かした特色ある教育を展開しています。美術背景やコンセプトデザイン、短編アニメーション制作、3DCGディレクションなど、実務経験をもとにした指導が行われています。3年生は自分の興味や目標に合わせてゼミを選択でき、この柔軟な制度が学生一人ひとりの個性を引き出すことにつながっています。
アニメーション制作もデジタル全盛の時代だが、
やはり基本は手を動かして描くこと - 卒業後の学生さんのキャリアについて、どのような道を歩むことが多いのでしょうか?また、業界の働き方の変化が進路に与える影響についても教えてください。
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アニメーションスタジオに進む学生が多く、MAPPAのようなスタジオで働き始める学生もいれば、独立してアニメーション作家を目指す学生もいます。アニメーションのスキルは広い分野で活かせるため、学生たちには「就職だけが唯一の選択肢ではない」と伝えています。また、近年は業界全体の働き方が改善され、コンプライアンスの強化により、学生たちが安心して働ける環境が整っています。
これからのアニメーション制作には、技術だけでなく、社会的な視点やクリエイティブな発想が重要です。学生たちが自分の道を見つけ、世界に一つだけの作品を生み出していくことが、アニメーション学科での学びの集大成であり、次のステップへの一歩だと考えています。 池田先生のお話を通じて、アニメーション学科で学ぶ基礎力の重要性や、多様な表現の可能性について深く理解できました。学生は観察力と創造力を磨きながら、アートとしてのアニメーションを追求しています。それは単なる職業訓練にとどまらず、自己表現を追い求める挑戦でもあります。
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[ゲーム学科について] 室橋直人 助教
- ゲーム学科の設立の経緯と、現在の教育の特徴について教えていただけますか?
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ゲーム学科は、もともとアニメーション学科の一部としてスタートしましたが、「ゲーム」という分野の専門性が高まったことで独立した学科となりました。 学科となってからは、業界の現場の働き方を教育に取り入れ、「チーム制作」と「分野別の専門教育」を導入しています。たとえば、入学の時点でデザイン、企画、プログラムといった専門分野に分かれると共に、2年生からチームでゲームを制作する経験を積みながら、専門スキルとチームで成果を出す力を養うことを重視しています。
室橋直人助教 - ゲーム学科では、総合型・学校推薦型選抜を重視していると伺いました。他大学とは違う特色があると感じますが、具体的にどのような選考を行っていますか?
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ゲーム制作にはチームでの作業が欠かせないため、コミュニケーション能力を入試でしっかり見極めることが重要だと考えています。そのため、本学科ではポートフォリオの提出と面接を重視し、総合型選抜での入学枠を多めに確保しています。
入試課題は志望する分野ごとに異なり、たとえばデザイン志望者は自身の作品をまとめた作品ファイルを提出してもらいます。企画志望者はゲームの企画案を、プログラム志望者は過去の制作や発表を振り返って説明するレポートを提出します。このように、分野別に課題を設定することで、学生が自分の得意分野を最大限アピールできる仕組みを整えています。
また、一般選抜で入学した学生も入学後に志望する分野を選択してもらいます。入試の区分に関係なく、1年生の間はすべての分野を基礎的に学び、2年次に専門分野を本格的に学び始める前に、志望する分野を変更する機会を設けています。これにより、「デザインで入学したが、企画の授業を受けて進路を変更したい」といった希望にも柔軟に対応できるようにしています。
- さまざまな分野の学生が集まることで、ゲーム制作の現場ではどのような変化が生まれますか?
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ゲーム学科には、高校では語れなかったような趣味やこだわりを持った個性的な学生が多くいます。ここではそれが当たり前に共有できる環境なので、さまざまな個性が化学反応を起こすことがよくあります。
たとえば、チーム制作では、企画を考える学生、キャラクターデザインを担当する学生、プログラムを組む学生が、それぞれの視点からアイデアを出し合います。こうした議論の中で、新しい発想が生まれることが多いですね。特に、ユニークな経験を持つ学生が加わると、予想外の方向にアイデアが広がることがあるので、さまざまな体験をしておいて欲しいです。
- デジタルゲーム以外にもボードゲームを活用した授業があると伺いました。その目的について教えてください。
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「ゲームプレイ」という授業では、学生がさまざまなボード提出します。この授業の目的は、ゲームの本質や遊びの楽しさを深く理解することです。 ゲームはデジタルでもアナログでも、最終的には「体験」を提供するものです。学生たちには、歴史がある練り込まれたアナログゲームでその本質を追求し、新しい遊びを提案できる力を養ってほしいと考えています。
学生はアート制作に欠かせない様々なアプリケーションが自由に使える。快適に作業できる強靭なネットワーク環境も魅力 - 2年次のチーム制作と、3年次以降の授業内容の違いについて教えてください。
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2年次では、成績や適性を考慮してこちらでチームを編成しますが、3年次になると、学生自身がメンバーを選びます。これにより、ゲーム業界での「引き抜き」や「交渉」のような実践的な経験ができます。
たとえば、優秀なプログラマーを引き抜くには、説得力のある企画や魅力的なチームビジョンを示す必要があります。こうしたプロセスを通じて、コミュニケーション力やリーダーシップが磨かれていきます。
- 学生さんの実践的なゲーム制作環境と成果について伺えますか?また、技術革新が進む中、未来のゲーム制作についてどのようなビジョンをお持ちですか?
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本学科では、学生が積極的にゲームコンテストに挑戦し、過去には大賞を受賞した学生もいます。その経験は就職活動やキャリア形成に大きく役立っています。コンテストやアプリストアを通じて、自分の作品を世界に発信する機会が増えたことがゲーム制作の現在の技術革新の特徴です。
今後は更なる技術の進化に伴い、ゲームはますます「現実」とリンクしていくでしょう。また、プラットフォームの垣根も低くなり、将来的には、どの機器でも同じ体験ができる、よりシームレスな遊びの形が生まれると期待しています。
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研究室や作業スペースは、日夜制作に励む学生の居場所となっている - 最後に、ゲーム学科を目指す高校生や保護者の方々へのメッセージをお願いします。
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ゲーム制作は決して簡単なものではありませんが、多くの努力や試行錯誤を重ねる中で得られる達成感は非常に大きなものです。入学を考えている高校生の皆さんには、単に「ゲームが好き」という理由だけでなく、「こんなゲームを作りたい」という具体的なビジョンを持って来てほしいと思います。遊びの本質を理解し、自分なりのアイデアを形にする力を身につけることで、「作る側」ならではの面白さを体験してほしいと考えています。
室橋助教の言葉から、ゲーム制作が持つ可能性の広さと、学びの中で広がる未来のビジョンを強く感じました。東京工芸大学ゲーム学科は、学生たちに挑戦と成長の場を提供し、次世代のクリエイターを育てる場となっています。
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アニメーション学科の池田先生とゲーム学科の室橋先生。お二人が指導する学生たちは、いずれも「メディア芸術」という枠組みの中で、テクノロジーとアートの融合を追求しています。それぞれの学科で学ぶ学生たちの取り組みや、教育の理念について、さらに深くお話を伺いました。
- ゲームエンジンや無料ツールの普及により、制作環境が大きく変化していますが、これは学生さんの表現活動にどのような影響を与えているのでしょうか?アニメーション、ゲーム、それぞれの観点からお聞かせください。
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ゲームエンジンは今や、デジタルゲームだけでなく、映画の特殊効果やドラマの背景制作にも活用されています。無料ツールの増加により、学生たちは「作る側」を体験するハードルが下がり、制作経験がより身近になっています。だからこそ重要なのは「何を遊んでもらうか」という体験設計です。どんなツールを使うかよりも、伝えたい価値が本質なのです。池田 アニメーション制作のツールも確かに増えていますが、ツールに頼りすぎると作り手の想像力が失われる危険性があります。「枚数を重ねればアニメーションができるわけではない」と、私はよく学生に伝えています。結局、重要なのはどんな手法を使うかではなく、何を表現したいのかという「主題」なのです。
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学内および学外での展示や講評会を繰り返すことにより着実にレベルアップを目指す - お二人のお話から、アニメーションとゲームは異なる表現手法でありながら、その根底には共通した価値観があると感じます。
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そうですね。実は私、元々ゲームが作りたくてCGを始めたんです(笑)。結局、アニメーションの道に進みましたが、ものを作る基本的な部分は変わらないと思っています。室橋 私も同感です。ゲームは幅広い表現を可能にする分、制作現場では細かく分業化されています。モーションデザインやUI デザイン、キャラクター制作など、細分化された専門領域が多いです。でも、どの領域でも「何を表現したいか」という軸は変わりません。 池田 その軸があるからこそ、技術が支える表現に説得力が生まれるんですよね。
- 東京工芸大学が掲げる「メディア芸術」という視点について、学生さんへの期待を教えていただけますか?
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「メディア芸術」は、テクノロジーとアートが融合することで無限の可能性を生み出す分野です。学生たちには、この可能性を追求し、今までにない新しい体験を生み出してほしいと願っています。
池田 そして、そのためには技術だけでなく、自分の内側にある「表現したいもの」を深く掘り下げることが必要です。アニメーションでもゲームでも、自分の個性をどう活かすかが重要になります。
室橋 新しい時代のクリエイターとして、学生たちが持つ可能性を広げるのが、私たちの役割です。そのための技術と視点を提供し続けたいと思っています。
- お二人の言葉から、メディア芸術の未来とその可能性を強く感じました。最後にお伺いしますが、厚木キャンパスから中野キャンパスに移転されたことで、教育環境にはどのような変化がありましたか?
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大きな違いを感じますね。この辺りにはアニメーション制作会社が多数集まっており、中央線を使えばアクセスも便利です。地理的な利便性が高いため、学生たちのモチベーションが上がり、「やらなきゃ」という意識が強くなっているようです。また、アルバイトや現場訪問の機会も増え、実際に大学を抜けて面接に行く学生もいたりします(笑)。これは中野ならではのメリットですね。 室橋 中野キャンパスに集約されたことで、アニメーションやゲームを含む「メディア芸術の拠点」が名実ともに実現したと感じています。教育環境が一箇所に整備されたことで、教員同士の連携もスムーズになり、より効果的な教育ができるようになりました。池田 さらに、中野は美術館や映画館も近いため、学生たちが視野を広げるには絶好の環境だと思います。業界の最前線を肌で感じながら学べるのは、学生にとって大きな強みですね。
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インタビューは2024 年10 月10 日。東京工芸大学中野キャンパス内にて。写真はまるで映画館のような4K 対応の映写室で。某アーティストのアルバムジャケット風に撮影していただいた [インタビュー写真撮影]
町田 海(マチダカイ)
2000 年東京都出身。2020-24東京工芸大学芸術学部写真学科。東京を拠点に活動。東京工芸大学芸術学部写真学科卒業後、同大学にて研究生として作品制作を行なっている。大学から写真を始め、フィルムに興味を持ちモノクロフィルムを主に作品制作を行なっている。
- 素晴らしいお話をありがとうございました!
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今回のインタビューを通じ、東京工芸大学の教育の深さと幅広さを改めて感じました。両学科に共通するのは、学生一人ひとりが「何を表現したいのか」を問い続け、その答えを形にする力を引き出す実践的な教育です。「メディア芸術の拠点」として、東京工芸大学はこれからもテクノロジーとアートの融合を追求し、新たな時代を切り拓くクリエイターを輩出し続けることでしょう。
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